05.飛行機ごっこ|智孝

 まずいな。あれは囮だったのかもしれない。
 建物が封鎖される15分前、スタッフ通用口から出たある男性を追って外に出た智孝は、通常ならば立ち寄らない配電装置の前で佇んでいるその様子を探っていた。
 魄がとりついてるのは間違いないが、一体何をしているんだ?
 そう不審に思うのも無理はなく、男性は装置をただ見つめている。暗がりの中、その男性が口元を緩めた時だった。あの音声が耳に届く。

 晟? 晟がここにいるのか?
 ヒントからよく知っている人物の名があげられ、一瞬気が削がれた時だった。装置の前にいた男性は、くるりと振り返り、いつの間にか手にしていた砂を投げつけてきた。
 幸いにも視界が遮られることはなく、智孝は装備していた銃を抜きとり、男性めがけて放った。
 銃弾の代わりに小さい火の玉が勢いよく飛び出し、男性の右足にくらいつく。男性はその衝撃というよりは、体からエネルギーが取り除かれる感覚に意識を閉じていった。
 何か音を立てれば即座に意識は戻るものの、放っておいても数分ほどで目が覚めることから眠っている男性に歩み寄り身元の確認をする。
 そろそろ佑羽たちに連絡をとろうとするが、一向につながらないことに一抹の不安がよぎり正面玄関へと急いだ。
 的中しなくてもいい不安が起こっていることは、重く閉ざされているドアと、少々パニック状態になっている人達、鎮静化する佑羽たちの姿を見てわかった。
 電気関係がアウトならば、その元をたどるか電気の通っていない出入口を探す他ない。

 先程眠った男性が傍目には何もしなかったのも、自分を外に出すためだったのかもしれないと思いながらも、依頼主からもらった地図を見て、先に手動で開く窓から入れないか試してみることにした。確か、1階の男性用トイレの窓の鍵があいていたはずだ。少々手荒な方法だが、物理的に窓を破壊することはできる。
 だが予想を裏切り、窓はいとも簡単に智孝を招き入れた。

 エントランスホールは既に大勢の人達が横たわっていて、意識も戻りつつあった。佑羽と里紗だけで、この短時間この人数を相手にしたとは考えられない。
 晟だといいが。他の言守たちとの合流も考えて、佑羽たちが向かったであろう控室へと足早に移動する。
 しかし、電気もついているのにこの人気ひとけのなさは一体何だろう? 本当にここはイベントホールなのかと疑うほどに、通路も店内にも気配がしなかった。
 舞台まで辿り着いた頃、ピピッと小さく電子音が鳴った。それまで使えなかった通信が、突然息を吹き返したのである。

「智孝さん、彩です。よかった。これから合流できますか?」

 女性の安堵の声が耳に届いた。

 

「今、舞台袖の近くにいる。そっちは?」
「まだ控室です。こちらでは影クラスの人達も魄にとりつかれたため、負傷者が20名ほどいます。浄化は完了していますが、私がそちらに向かった方がいいですか?」
「いや、俺が行く。そういえば、佑羽達とは会えたか?」
「いいえ、まだ。樫倉くんとも会っていません。というか、彼、ここにいるんですか?」

 彩の疑問ももっともだと思った。「恐らく」という言葉とエントランスの状況を伝え、通信を終える。
 視界の先に見えた男女三人組が、じりじりと何かと間合いをとるように後退していたからだ。

……赤いドレス? 演奏者か?
 三人の先には、立ち上がり方を忘れてしまったのか、はたまた力が入らないのか、例えがたい動きをしながら、何度も倒れ、起き上がろうとする女性がいた。

「か……しくら、せ……い」

 晟の名前を呼ぶと、それまでの動きは嘘のようにスーッと立ちあがった。まるで浮いているかのようにつま先立ちになる女性。

「な、何?」

 声を震わせて里紗が言った。そこにある恐怖を表すような声色だった。
 女性は蒼白になっている顔に、うっすらと笑みを浮かべているが、首をだらりと横に倒していた。折れていると言っていいくらいに、曲がっていたのだ。
 ゆらりと、子供が飛行機の真似をするように、彼女は手を後方に伸ばす──その瞬間だった。
 彼女は床を強く蹴って前に飛び出し、壁に激突した。
 痛みを感じないのか、ぶつかった衝撃で倒れても、すぐさま勢いよく飛び出してくる。狙いを誰とも定めぬまま、楽しそうに飛行機ごっこを始める彼女に晟たちはうろたえるばかりだった。

「晟! 佑羽! しっかりしろ!」

 そう声をかけた後、4度目に倒れた彼女に向かって、先程よりも大きく真っ赤に燃える炎の塊を浴びせた。
 もう一度魄を浄化する力──おぼろを出さなければならないかと思っていたが、5度目の飛行機ごっこは起こらず、その場にいた者の気持ちを代表するように里紗が呟く。

「……終わった?」

 傍目にも魄が浄化されていくのがわかったが、確認のために近付こうと佑羽の横を通り過ぎた時だった。

「……っ、あああああああ!!」

 悲痛な叫び声をあげ、佑羽は膝を折る。膝が床に着くと、バラバラになりそうな体を強く押さえるようにしてうずくまった。
 どうした? と声をかけるも、耳に届かなかったのか、答える余裕がないのか、佑羽は大きく呼吸を繰り返すだけだった。体から白く淡い光が放っているように見えた後、佑羽は静かに意識を閉じた。