私は『悪』になる

「ヴィル様、いつも楽しそうですね」

少女が言った。
ヴィルと呼ばれた男は、少女の言葉に対してなのか、はたまた目の前にある一畳ほどの鏡に映るものを見てなのか、不敵に笑う。

「私の正義は彼らのそれとは正反対だからね。正反対のもの同士がぶつかると、新たな何かが生まれる。私はそれが楽しみなんだ」

そう言って覗いているのは、自分自身の姿ではなかった。
次元が違うのか、そこには苦しみもがく人や悲痛な面持ちの人達が映し出されていた。

「ヴィル様と彼らとの正義は、何が違うのですか?」

再び少女は尋ねた。男は少女に顔を向けるでもなく答えだけを返す。

「私はね、必要悪なんだよ」
「必要悪?」
「そう。人々に考えさせるために必要な悪だ。たとえば『イジメ』。これがあると人は考える。『いじめる奴らが悪い』『それを黙って見てる奴らが悪い』『それらを正せない大人が悪い』……ああ、そうだ。『いじめられる奴が悪い』という人間もいるな」
「その『悪』が、ヴィル様の正義ですか?」

ヴィルは、またしてもニヤリと笑い、喉元を鳴らすように「──いや」と低く否定した。

「私はね、いじめられた人間に悪を教える。その人間が、どう考えどう動くか。もしその人間が耐えきれずにいじめた人間を殺したとしよう。多くの人間は『仕方ない』と思う。殺すというイジメよりも強い悪が正当化される。ただ、殺した人間はそれなりの処罰は受けるがね。……おかしいと思わないか?一体、何が間違っていて何が悪いのか、わからないだろう?それを考えさせるのが私の正義だ」

なるほど、と少女は人差し指を折り曲げ唇にあてた。

この鏡に映る『悪』も常に笑っている。
自分のやっていることを心底楽しんでいる。
ヴィルも自分自身を『必要悪』と言って、その正義を楽しんでいるではないか。
ならば。

少女はニヤリと笑って、悪になった。

END

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