最終シーン|女という性(さが)、紅の血

「はいこれ、正吾から。野中さんに渡してくれってさ」
「ありがとう、堀江さん」

あれから一週間近くが過ぎ、私は正吾から頼まれた野中さん宛の小さな紙袋を、今まさに手渡していた。
昼休みの裏庭。人の影も少なく、まだ熱が冷めやらない私はチャンスとばかりに質問をする。

「ねえ、野中さんて正吾のこと好きなのよね? どうしたいの?……彼女から奪いたいとか?」

急であることにも質問の内容にも驚いた野中さんは、息を呑み、その後ゆっくりと笑みを浮かべた。

「別に、そんなこと思ってないわよ。ただ私は──思い出が欲しかったの」
「思い出?」
「そう。私のことだけを考えてるって時間が欲しかった。堀江さんにもそういうことない?」

ない、かも。
いまいちピンとこない質問に、私は眉をひそめる。

野中さんは、そんな私の心情に気付いているのか、くすりと笑いをこぼすと正吾からのプレゼントである紙袋を開けた。

「あ、この前のと一緒に、新しいハンカチが入ってる。メモもあるわ」

そう言って、袋から正吾が野中さんのために買ったハンカチとメモを取り出し、野中さんは黙ってそれに目を通す。

「倉持くんらしいわね」

頬をうっすらと赤く染めて、野中さんはとてもとてもいとおしそうに、ハンカチを口に当てた。
その笑顔は至極嬉しそうで、そして、幸せそうだった──

ああ、この人は本当に正吾のことが好きなんだ。これが彼女の言う「恋」。

「女って、したたかよね。私──きっとこれで生きていけるわ」

そうして空を見上げた野中さんは、次に手を振る。
手?
野中さんの見ている先にあるのは空じゃない。
私は彼女の視線の先を確かめるべく振り返った。

三階の廊下の突き当たり。そこにいたのは……正吾だった。
軽く笑って手を胸の辺りまで上げた正吾は、間もなくして姿を消した。

私は気付いている。
正吾の、野中さんを見つめる回数が増えていること。
そこから何も発展はしないけれど、以前二人の間を包んでいた雰囲気とは明らかに違っていた。

ドクンドクン……体中の血が、また騒ぎ始める。

「じゃあね、堀江さん」
「あ、うん」

去っていく彼女の後ろ姿は、何故かとても眩しかった。
彼女の血は、どこまでも紅く──どこまでも鮮やかだった。

女は、何か一つでもその人との思い出があれば生きていける。
彼女が言いたかったのはそういうことだろう。

そして、私の中に流れる女の血も、きっと紅く鮮やかなのだ──

END

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