「全機能停止を確認。回収に入ります」
黒く濁る瞳を見つめながら、僕は上官にそう報告した。上官は僕が任務完遂することが当然であるかのように、さほど興味もなさそうな声色で了解の意を告げ、通信を切る。
頭部を潰され、ピクリとも動かず横たわるそれの傍らに膝を着き、軽く拝んだ。しかし余韻に浸るわけでもなく僕はそれと同種の彼らを呼び、回収作業の命令を下した。
雨が降り始め、それから流れていた血液も地面に溶け込んでいく。
全く勝手だよな、人間は。
同じ末路を辿る彼らを尻目にため息をつきながらも、次の任務地へと移動する。
僕が担当しているのは「リーズ」と呼ばれる生物兵器の回収だった。人間と変わらない容姿をしているが、中身はほぼ機械であり人を殺すことに何の感情も抱かない。緻密な計算による動きも難なくこなし命令には絶対服従する。リーズはまさに「兵器」そのものだった。
車に乗り込むと、次のターゲットの資料に目を通す。
顔写真や名前、性別に年齢と見て、視線が止まった。享年14歳だった。
「随分若いな……」
病死とあったが、そのまま眠りにつかせてやればいいものを、何でリーズなんかに。言いようのない怒りにも似た感情が腹の底に沸き起こった。
リーズは『死体』から精製される。無機物からリーズとなることはない。本来、人間を生かすために作られたリーズ。であるならば、生きた人間からリーズを作るという考えは除外されるのは明白だった。人間の言葉を理解し、それを使うことができ、人間のように行動できる生物は、やはり人しかいない。死体しかなかったのだ。
始め──リーズが作られた頃は『ドール』という名称にしようと考えられていたそうだが、死んだ者が生き返るという印象が強く『リーズ』という名前になったとどこかで聞いた。しかし。
もう一度顔写真を見て、胸やけをおこした。
こうもリーズを作ったのはなぜか?
人を生かすために死体を使ってまで作り、そして今となっては管理ができないために回収しろだと?
いくら生前の記憶や現在の意志がなくても、元であろうが人間だ。回収作業と体よく言っているが、結局、人が人を殺してるのと変わらないじゃないか。人が人を従わせてるのと全く同じだ。
「マスター、上官からメッセージです」
僕専属のリーズがそう声をかけ、端末を渡した。その内容にピクリと眉をひそめる。
14歳の少年は別の者が回収にあたり、自分は上官同士の付き合いのため引き返すようにとのことだった。報告会と称した食事会への出席を余儀なくされる。
その食事会のために一度身支度を整えておくようにとも告げられ、自室のシャワーを浴びる。専属のリーズは新しく用意した衣服のかごを浴室へ置き、その旨を報告する。今まで着ていた服はかごごと撤収されていた。
位を表す装飾の施された衣服を身につけ、最終調整をリーズがする。慣れたとはいえ、人にここまで世話をやかれるのはやはり気が休まらない。僕はリーズの回収という特殊なことをしているが、普通の人間だ。子供の頃は集合住宅に住んでいたし、両親ともに普通のサラリーマンであり主婦であった。このリーズも僕の身支度を整えるために生まれてきたわけではないだろう。
自分と同い年くらいの女性だったであろうリーズに待機命令を下し、部屋を出た。何の疑いもなく指示通りに動きを止める彼女。リーズは人間であるマスターの言うことに絶対服従する。どことなく錘を抱えたまま僕は上官たちが集まる部屋へと一足先に向かった。
ギイイイィ……と軋んだ音を鳴らし重い扉を開けた。僕と同じ位の者たちが数名いるかと思いきや、驚いたことにそこには上官の姿しか見えなかった。
いつも通り、椅子の背にもたれかかるようにして、何やら分厚い本に薄笑いを浮かべながら目を通している。──いや、いつも通りではなかった。いつもであれば、僕が声をかけなければ向こうから口を開くことはない。
「やあ、待っていたよ」
パンと本を閉じ、上官は僕を見つめる。訝し気ながらもその意味を尋ねた。
「ああ、食事会は嘘。君を呼び出すためさ」
言っている意味がわからなかった。
「君は、なぜリーズを回収しているか、わかる?」
「……管理が不十分であるから、ではないのですか?」
どうしてそんな愚問を? 眉間に皺が寄る。上官は喉を鳴らすように笑いながら「ちょっと違う」と口にした。
ますます言っている意味がわからなかった。
「別にね、全てのリーズを回収しているんじゃない──君のようなリーズさ」
理解不能だった。
「リーズの特徴を言ってごらん」
「……一つ、リーズは『死体』から精製される」
「そう」
「一つ、リーズに生前の記憶はなく、またその意志もない」
「正解」
「一つ、リーズは、人間であるマスターの言うことに絶対服従する」
「そうだね。だから君は?」
楽しそうな様子の上官を見て、寒気がした。
「だから私はリーズではありません」
当然の答えだった。
「それがね、違うんだよ」
上官は続けて。
「たまにね、君のように生前の記憶が蘇り、自らの意志をもつリーズがいるんだ。僕らは、それを回収している。まだ、言うことをきくうちにね」
全く言葉が入ってこなかった。音として耳には届くが、脳でうまく処理できない。
「──伏せろ」
恐ろしいことに、体が言うことをきいた。上官は自分の意志で動かない僕の体にゆっくりと近づき、足一つ分の距離をおいて止まった。冷たい声が頭上から降り注ぐ。
「靴下の臭いを嗅いでみたらわかるんじゃない?」
靴下の臭いだと? バカげてる。何でそんなこと──そこまで考えて戦慄が走った。その靴下には見覚えがある。きちんと折りたたまれた衣服。その上に重ねて折られた靴下。つい先程まで身につけていたそれらが僕の目の前に置かれた。
置いたのは、僕の専属のリーズだった。リーズは何の躊躇いもなく靴下を僕の鼻先へ押しつける。臭いはなかった。
「もう一つ、リーズの特徴があったよね? それは?」
また勝手に口が開いた。
「リーズに……体臭はありません」
「正解だ。君は、本当に優秀だね」
チキ、と銃弾がセットされた音がする。
「実に惜しい。けど、それほどに怖い存在でもある」
その言葉を最後に、僕の機能は全て停止した。
END
マグネット三題噺①|「ドール」「本」「靴下」