結局、玲音からはっきりとした答えを聞くことはできなかった。はっきりとしたというより、俺が期待したといった方が正しいか。玲音の出した答えは「今のこの関係は楽しいと思ってる」という、グレー色極まりないものだった。
つまり何だよ。本当に付き合う気はないけど、この関係は続けたいってことか。
「むかつく」
思わずそう口に出た。それを言われた昼のことを思い出していたからだけじゃない。玲音がゲーム部の連中と何やら楽しげに話している姿を目の当たりにしたからだ。
「お前、何でこんなレアなもんばっか持ってるんだよ」
「いやー、バイト先の人にもらったんだけど、食べる勇気がなくて」
「俺たちは毒味役か──て、片瀬」
玲音の前にいた男子──おそらく貴篠という奴──が俺の存在に気付き、それを伝える。くるりと振り返った玲音は不思議そうな顔をしながら近寄ってきた。
「あれ? 今日バイトじゃなかったっけ?」
「もう行く。けど、ちょっといい?」
本当は声をかけるつもりなんて全然なかった。ここに寄るつもりも全然なかった。ただ何となく足が向かってしまったから、ちょっと顔見て帰ろうと思った。でも楽しそうに話してる姿と、こっちに小走りしてくる玲音の姿を見たら口が勝手に言葉を吐き出していた。
だから、本当にこんなことを言うつもりはなかったんだ。
「あんまり他の男と仲良くすんなよ」
それを聞いた瞬間、玲音の表情は強ばった。そして顔を歪めたまま視線を逸らし、ぎゅっと口を結んだ。
嫌な空気が俺たちの周りを包み込むと同時に玲音がぼそりと声を漏らす。
「そういうのウザい」
「ウザッ!?」
「だって、別に普通に部活動してるだけじゃない。何でそんなこと言われなきゃならないの?」
半分泣きそうな顔をして玲音は言う。
「だから……!」
何とか言葉をつなげようと頭をフル回転させるが、それよりも玲音の方が早く、再度口を開いた。
「私はナオヤが他の子と遊びに行ったっていいと思ってるよ」
まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。俺は小さく聞き返すことしか出来ずに玲音を見つめる。
「確かに、いくらフリとは言え、そのまま親睦を深めましたってなったら、ふざけんなってなる。だったらその子とフリでも本当でも、付き合えばいいのにって思うから。でも、私がしてることってそうじゃないでしょ?」
「……俺が他の奴と遊んでてもいいのか?」
もう一度確認のために聞き返した。
「いいよ。ヤんなきゃ」
「何で……?」
もう一度。
「私の考え方だけかもしれないけど、今のナオヤがいるのって、周りの人たちの影響が何かしらあってのことだと思ってる。私だってそう。私に今まで関わってきた人たちの影響って大きいと思うの。それから切り離すようなことして、悪い方向に自分が変わっていくのは嫌。──あのね、私、今の部活楽しいの。好きなこと思い切りやれてすごく嬉しい。だから、私からその楽しさを奪わないで欲しいの。私もナオヤが楽しいって思うことは否定しないよ?」
懇願するかのような口調に、さらに戸惑いが増した。頭の中がうまく整理できず、思ったことを口に出してしまう。
「違うだろ。……いや、言ってることはわかる。でも、なんか違うだろ、それ。俺──そんな難しいこと言ってるか?」
「え?」
「俺が他の奴と仲良くしてもいいってことはさ、つまり──お前にとって俺は、その程度だってことなんだろ?」
ヤバい。もう答え出てるじゃねーか。しかも自分で答え出すなんて、笑える。いや、笑えねーか。
「ちが……違うよ! そういう意味じゃなくて……ごめん、深読みしたっていうか、部活やめろって言ってるのかと思って……」
「悪い。もう、バイト遅れる」
そんなことを口実に、俺はその場から逃げ出した。
──玖堂有羽著「初恋」
「はー、おもしろかった。特にこのシーン好きなんだよね。ね、何で続き書かないの?」
新緑が楽しそうに風に揺れる温かい日だった。定期的に行われる彩ちゃんと有羽の「言葉の補習講義」が終わり、手が空いていた私はここぞとばかりに有羽の書いた小説を読んでそう感想をもらした。
有羽は彩ちゃんとの改善会議という名の反省会を終えたのか、私に視線を向けた後、唇に指を押し当てて考える仕草をとった。
「うーん……なんていうか、その話、付き合うにしても付き合わないにしても、続きが書けなくなっちゃったんだよね」