04.それは呪文のように感覚を麻痺させる|晟

 非常ベルの音が鳴り響き、続いて何かがぶつかる音や物が壊れるような聞き慣れない衝突音がすれば、会場内はいよいよパニック状態になった。正面玄関へ向かおうと避難する人々が互いを押し合い、もつれるようにして会場を後にする。突然のことに周りは騒然としていて、スタッフもバタバタととりあえず動いているようだった。

 演目6番では何も起こらず拍子抜けしていたが、これが目的だったのだろうか? しかし未だに自分に対するアクションはない。スタッフに誘導されるギリギリまで会場内に留まり様子を見ていたが、それらしきものは何も感じられなかった。
 5番目に起きたアクシデントが、本来のプレゼントだったのだろうか? そもそも、この丸印には意味がない? そんなことを考えながらエントランスホールに出ると、マスクをした一人の女の子──と言っても、自分と同い年くらいの子が狂気にも似た奇声を発し暴れている人々を倒していた。

 あれは、扇子の子?
 間違いない。もう一人、マスクを装着した女の人が急におとなしくなった人達を静かに寝かせている。扇子の子が言守で、もう一人の子は補佐なのだろう。
 それならばと人波をかき分け、魄を鎮静化している中心人物へと走った。
 囲まれている彼女の背後に立ち声をかける。

「こいつら皆、魄にとりつかれたのか?」

 小さく「え?」と聞き返すものの、自分と同じ境遇であることを察した彼女は、肯定の言葉を返した。

「あの音声の後、ホール全体の空気が重くなったと思ったら、こんな感じに」

 あの音声? 一体何のことだろうか? そのことを尋ねても、うじゃうじゃと湧き出てくる魄に邪魔をされ会話を続けることができなかった。
 キリがねーな。
 ベルトにしてあった刀のつかを手に、数秒意識を集中させる。青白い炎のような塊が刀身を現すと、言守たちに向かって伏せるよう言葉を投げた。

 一瞬の出来事だった。
 その炎の刀を回転しながら横に振るうと同時に、かまいたちのような旋風が魄たちめがけて駆け抜けた。
 突風にあおられたと思った次の瞬間には、ぱたぱたと魄たちが倒れていく。

「すごいね。兄ちゃん以外では初めて見たかも」

 起きている者が自分たちしかいないことに安堵した彼女は、のんきにもそんなことを言った。
 炎の刀身が消えた柄を再びベルトに付けながらそれに応える。

「兄ちゃん?」
「あ、えっと、伊藤智孝いとうともたか……先生? 知ってる?」
「知ってる。え、先生と兄弟なの?」
「ううん。私が小さい時から一緒にいるから勝手にそう呼んでる」

 この少しの会話でもころころと表情が変わる彼女に親しみを抱きながらも、先程聞けなかった質問をした。

「あの音声って何?」
「あれ? あなた言守だよね?」
「今日はプライベートで来た」
「へー……なんか、すごいね」

 依頼を受けている言守なら知ってて当然なことを聞いてきた俺を不思議に思ったのだろう。バカにした様子は見せずに質問し、答えにそう感嘆した。
 そんな反応を見せるってことは、きっと彼女もプライベートで演奏会といった観賞を嗜むことをしないはずだ。俺と同じで。

「招待状っていうか、挑戦状みたいなものが来たからね。受けてみた」

 眠っている人波を掻き分け、自分の元に来た補佐の子と視線で会話をした彼女は、小さく頷いた後、躊躇いがちに口を開いた。

「もしかして、樫倉晟……くん?」

 

 驚いた。確か、初めて会うはずなのに。名前が彼女の口から出てきたことに、やはりこのイベント自体が自分のために開かれたものだと思い、心の中でため息をついた。

「そうだよ。どこかで会った?」
「あ! そっか、ごめん。えーとね、どこから話す?」

 先程からちょっとずれた回答をしてくるなと吹き出した。依頼で来ていることはわかっているので、お互いの状況を確認しようととりあえずこの場から離れることにする。

 連絡のとれなくなった智孝がいるかもしれないということで、共に控室へと向かう。
 晟は差出人不明の招待状が送られてきたことと、まだ現状では特定できないことを伝え、非常ベルの後に連絡がとれなくなったことと、あの音声についてを聞いた。

「で、その音声の後に犠牲者を少なくするためのヒントがあったんだけど、それが『樫倉晟に会え』だったの。でも」

 ちらりと晟を見つめ、言葉を続ける。

「私たちは、樫倉くん? 晟くん? を知らなかったし、あの状況だったからどうしようかと思ってた」
「晟でいいよ」
「じゃあお言葉に甘えて。だから晟が来てくれて助かったよ。ありがとう」
「いやそれは……俺もあの踊り見て、言守が関わってるってわかったから。えーと」
「佑羽、私達も名前言わなきゃじゃない?」

 名前をまだ聞いてなかったと顔に出ていたのか、里紗がフォローをする。
 軽く自己紹介をし、お互いの年も近いことから名前で呼び合うことにした。その後、音声と招待状の意図するところは何かを考える。
 言守にそんなことを告げて自分を探させたとしても、自分自身がヒントを把握していないのならこのように行き詰ってしまうはずだ。
 依頼人の名前にも心当たりはなく、イベントホールともゆかりはなかった。招待状を難しい顔をしながら見つめる佑羽も、ぶつぶつと脳内会話を口に出していた。

「うーん、音楽については私も詳しくないからなぁ。あやちゃんやミーちゃんがこれに関わってるとしたら、前もって教えてくれるだろうし」
「彩ちゃんとミーちゃん?」
「6番目の演奏で、ピアノとバイオリン弾いてた人達だよ。あの二人も言守で──って、晟」

 笑みを浮かべていた顔が一瞬にしてこわばり、自分の腕を引く佑羽の視線の先を辿ると、赤いドレスを身につけた女性が廊下に倒れていた
 急いで駆け寄り、声をかける。
 すると、女性とは思えないような力で晟の腕をつかみ、乱れる呼吸の中言葉を紡いだ。

「あの人に……会わなきゃ」

 それだけを告げると、女性は全体重を預け、そのまま目を閉じた。
 ズンと腕にのしかかる重さに、一年前の記憶が蘇る。

「お前は結局、明日香を助けることはできない。一人の女すら、守る力もない」

 それは呪文のように感覚を麻痺させる。頭の奥で小さなむしがうごめいているようだった。払おうとしても払えないその蟲に、晟は顔を歪める。

 明日香を殺した男が放った、最後の言葉だった。