17.「流天か?」|智孝

 それは突然起こった。何の前触れも気配も一切なかった。
 そんな状況下で、有羽ゆばの悲痛な叫びが空気を引き裂いたのだ。
 右肩を押さえる指の間と、それ自体からとめどなく血が流れ、有羽の足元に溜まっていく。咄嗟に元凶に向けて銃を放つ。全ての弾を受け止めたエンジェルは、表情を変えずにただ佇んでいた。
 何だ? こいつらはまた違う種類なのか?

「手短にコレにしよう」

 兵器の後ろから顔を隠した男が言い放った。自分たちを『朧』と呼び、何のためらいもなく有羽を傷つけた。その上、有羽をコレと呼び、連れ去るかあるいは──
 何かが静かに智孝の中で堕ちた。それは攻撃という形で兵器もろとも男に飛び向かった。
 別方向から遼太朗りょうたろうが放った朧も食らいつく。遼太朗のそれは、借りている言守ことのかみたちとは違い殺傷力がある。ドシュッという鈍い音と共に、確かに手応えはあった。
 しかし、男は傷一つ付けずに涼しい声色で言う。

「へー、的確的確。これだけ急所を狙えるならかなり手強いな。どれくらい耐えられるか、試してみるか」

 男は、両脇にいたエンジェルたちを盾に、智孝ともたかたちの攻撃を受け流していた。用済みとなった盾を放り投げ、今度は槍として使うつもりか指を鳴らした。
 パチン、パチン……。
 終わりがあるのかと思うほどに、エンジェルたちは湧き出てきた。軽く先程の倍の数はいる兵器たちに、苦戦を強いられる。

「ひっ……な、何だ?」近くで怯えた男の声がした。タイミング悪く目を覚ましたマチカの父親だ。
 お前が作った生物兵器がしたことだろう? 毒づくように遼太朗が言う。この状況はお前が作ったんだと。把握できずとも、マチカを連れてさっさと消えろとも言い残し、遼太朗は二度とそいつを見ることはなかった。

「──ぃ、あああっ!」

 有羽ゆばの叫びが響く。

「ああ、悪い。左手しか空いてないからさ」

 少しも悪びれた様子もなく、男は負傷している有羽の右脇に自分の腕を絡め、そのまま引き上げた。痛みに顔を歪める有羽。しかし
「いいえ。こっち、ちょうど力が入らないからよかった」
 にやりと笑い、男の腹に向かって拳を突き出した。

「──って!!」

 息を吐くと同時に有羽ゆばを突き飛ばす。「兄ちゃん!」と自分を呼ぶ有羽の左手には、銀色に光を放つ金属が装着されていた。
 ドンドンドン!
 そのチャンスを逃さずに数発の銃弾を放つ。今度こそ男の体に食らいついた。すかさず、遼太朗が切りつける。

「……ちっ、くそ」

 苦々しい表情を浮かべながら男は床に腹這はらばいとなって倒れ込んだ。

「遼太朗、有羽を連れて先に行け!」

 エンジェルたちの攻撃をかわしつつ、そう言った。諫美いさみと二人で全ての兵器を壊すことはできないが、隙を作り逃げることはできる。
 頷き、有羽と共に外へ出たのを見届けると、智孝は数体の内の一つを再起不能にし、まだ息のある男に近づいた。

「流天か?」

 男は目元を緩ませるだけだった。それをイエスと受け取った智孝は、この依頼をどこで知ったのかを問いかける。答えは返ってこないかと思いきや、意外にもすんなりと手に入った。

「これは実験だよ。言守ことのかみたちが行うテストを襲ったらどうなるか」

 つまり、これがテストだと予め知られていたってことか。
 バンと衝突音がした。見ると、諫美が息を細かく切らしながらうずくまっている。いくら身体能力が高く、既に朧を使えるとはいえ無茶をさせすぎた。訓練と違って、実戦での体力の消耗は激しい。
 二度と口を開かない男を見下ろし、諫美に脱出の声をかける。

 どうしてこれがテストだと知っていたのか? MARSとのつながり。そしてこの男が放った『5つの朧』。
 なぜ俺たち全員が朧を持っているとわかった? そして、いつ有羽ゆばは朧を手にした?
 何一つ疑問は解消されないまま、俺たちは施設を後にした。

 

小説目次

本編

・第1話|謎の招待状
 scene01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06
・第2話|魄と朧と鬼と人形(リーズ)
 scene07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12
・第3話|鬼が消えた日
 scene13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18

予告&番外編

99.7

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