09.ナンパじゃないよ|聖

「魄は、私達にとって必要?」──講義の途中、そう発言した彼女は今、自分の目の前で親友でもある樫倉晟と談笑していた。
 晟が教室内に響き渡るような声を上げたため、その場にいた全員の注目を一斉に浴びた。しかし、そんな晟から皆の視線を外すように、佑羽はこう質問したのだった。時間の関係上、講師である智孝の答えを聞くことは出来なかったが、代わりに次までの宿題となって終わった。

 今まで、敵や悪いものとして認識される存在に「必要であるか?」を問う人間は少ない。必要かどうかではなく、どう排除すべきかを優先して考えられてきた。しかも、言守を育成する機関であれば、どう魄を消滅させるか、しか考えない連中がほとんどだと思っていた。
 現に、自分が所属している魄の研究施設でも、どう人間に被害を出さずに浄化するか? という方法しか考えられていない。研究員の中にも魄を知っていく内に、己のしていることの正しさに疑問を持つ者はいるだろう。自分も恐らくそのたぐいに入ると思った。しかし、今まで自分と同じような思考をもつ人間に会ったことがなかった。
 いや、正確には一人しか会ったことがなかった。その一人と彼女との会話はどんなものだろう? と、神谷聖かみやひじりは声をかける。

「あ、聖。ちょうどよかった。お前のこと紹介しようと思ってたんだ」
「初めまして、神谷聖です」
「聖とは緋華見でずっと一緒だったんだ。中学くらいか?」
「そうだね」
「で、今は臍央せいおうにある研究所で魄の研究をしてる超エリート」

『超エリート』などと余計なものをつけて晟は紹介した。

「へー、すごいね。魄の研究っておもしろそう。どんなことしてるの? 実体がないのに、どうやって調べるのか気になる」

 やはり、晟と同様おもしろい人種のようだ。聖は、ふっと笑って答える。

「今度、研究所に来てみる?」
「え? いいの? うわ、やった! 一回でもいいから中に入ってみたいと思ってたんだよね」
「言守ならいつでも入れるよ」

 当然のことを口にしたつもりだったが、佑羽は晟と顔を見合わせて何やら目で会話をする。

「うーんとね、私は言守もどきっていうか、補佐に近い感じかな? 普段は……普段は私何してるんだろ?」
「いや、知らないから」

 笑いながらそう返す晟に、佑羽は小さく「あ」と呟いて手を叩いた。そして「ちょっと待ってて。私も紹介したい人達がいるから」と言って、その場を去った。

「珍しいな。っていうか、初めて見たな。聖がナンパしてるとこ」
「ナンパじゃないよ」
「いやいや、いいことだよ。お前、あんま人に興味持たないもんな」
「それはまあ……ほとんど同じような会話になるから、話す意味ないなと思って」

 聖の本音に対して、晟は肩を揺らして笑う。

「やっぱ聖って違うよな。そんな答え普通返ってこねーもん」
「僕は、晟の方が予想外のことばかりすると思ってるよ」
「うんうん。私も最近だけど、晟は予想外な人だとわかってきましたぞ」

 いつの間に戻って来たのか、佑羽は顎に手を置きながらそんなことを言った。ぎょっとして見ると、「お待たせ」と口にして二人の女性を華立たせるように、両手をキラキラと小刻みに振った。

「まずは里紗ね。この子は山緒里紗やまお りさ。聖くんと同じ臍央にいるんだけど、研究所じゃなくて、工場の方で働いてるの。パワーストーンとして加工するとこ。だから石に詳しいよ」
「里紗です。よろしくね」
「里紗とは小学校から一緒なの。だから……学年でいったら晟たちと同じだと思う」

 晟との会話の雰囲気からそうだろうなと予想していた聖は、小さく頷いた。続けてもう一人の女性を紹介される。

「こちらはちょっとお姉さんの海白彩うみしらあやちゃん。私、通常の学科を修了してからは、彩ちゃんと一緒に過ごすことが多いの。だから、普段何してるかを説明してもらうために連れてきました! あ、彩ちゃんは言守となった人達のために、『言葉』を教えてる人だよ。色んな言葉に変えられるように類義語? を調べたりしてるの。だから一言で言えば先生だね」
「初めまして。私の普段を紹介してもらっちゃったわね」

 彩はくすくすと笑う。聖はというと、少し困惑した笑みを見せて言った。

「まだ、肝心の君の名前を教えてもらってないけど」
「おーう、ノー!……ホントだ」
「いいわ、佑羽。今度は私が紹介するわね」

 肩までの長さの髪をふわりと巻いている外見のように、彩は優しくそう口にした。

「こちらは玖堂佑羽くどう ゆばちゃん。見た目通りかわいくて明るくて元気。誰にでもすぐに打ち解けられて、心が強い人ね。私の方が年上だけど、佑羽の方がずっと大人だわ。洞察力とそれを表現する能力が高いから、私も助かってるの。言葉だけではどうしても伝わりにくいニュアンスなんかを、演技として動きで見せてくれるわ。だから、佑羽も表現の先生ね」

 さすが言葉を学んでいるだけのことはあり、とても魅力的な紹介だった。紹介された佑羽は目をぱちくりとさせて言葉を失っていた。里紗に声をかけられて我に返ると、恥ずかしそうに笑いながらお礼を口にする。

「びっくりしたー。あまりにも褒められたから誰のことかと思っちゃった。ありがとう、彩ちゃん。ね? 彩ちゃん、すごいでしょ? こんなに人のこと褒めることができて。いいところを見つけてもらいたかったら彩ちゃんに言ってもらう!」
「それは、相手が佑羽だからよ」
「彩ちゃん」

 独特なテンポでお互いを褒め合う二人を指しながら「この二人、たまにこうしてラブラブモードに入るんでよろしく」と里紗は言った。
 聖は今まで経験したことのない会話に、今朝、晟が言ったことを思い出した。

『面白い奴らが多いからさ、きっと聖の世界ももっと楽しくなるよ』

 こういうことなんだな、と思う。自分の世界を広げるには、視野を広げることと、人の世界を見ることが必要だ。晟は、たまにそういう気付きを僕にくれた。昔自分を暴力から助けてくれた時もそうだった。

『笑ってみろよ。その美貌なら、世界が変わるかもしれないぞ』

 それまで聖は自分の容姿にコンプレックスがあった。そのせいでいらぬやっかみ・・・・をもらっていたと。でも、違ったのだ。僕は、自分で自分の世界を狭くしていただけに過ぎなかった。そう聖は思っていた。

「晟はここの訓練場で実戦的なことを教えてるんでしょ?」

佑羽から聞いた、と里紗は付け足す。

「あー。教えてるっていうよりは、遊んでる感じだけど」
「晟って、教えるのうまいよね。私も相手してもらったけど、すごい勉強になった! あと、結構、人のこと見てるよね。その人の今のレベルを見極めて、引き上げる力を調整してるイメージ」
「へー、私も受けてみたいわ」

 佑羽の称賛に彩がそう感想をもらした。晟が隣でどことなく照れながらも嬉しそうにしている姿を見て、聖は世界が楽しくなると言ったその意味をもっと知りたいと思った。

 久々に、わくわくした。