それは突然起こった。何の前触れも気配も一切なかった。
そんな状況下で、有羽の悲痛な叫びが空気を引き裂いたのだ。
右肩を押さえる指の間と、それ自体からとめどなく血が流れ、有羽の足元に溜まっていく。咄嗟に元凶に向けて銃を放つ。全ての弾を受け止めたエンジェルは、表情を変えずにただ佇んでいた。
何だ? こいつらはまた違う種類なのか?
「手短にコレにしよう」
兵器の後ろから顔を隠した男が言い放った。自分たちを『朧』と呼び、何のためらいもなく有羽を傷つけた。その上、有羽をコレと呼び、連れ去るかあるいは──
何かが静かに智孝の中で堕ちた。それは攻撃という形で兵器もろとも男に飛び向かった。
別方向から遼太朗が放った朧も食らいつく。遼太朗のそれは、借りている言守たちとは違い殺傷力がある。ドシュッという鈍い音と共に、確かに手応えはあった。
しかし、男は傷一つ付けずに涼しい声色で言う。
「へー、的確的確。これだけ急所を狙えるならかなり手強いな。どれくらい耐えられるか、試してみるか」
男は、両脇にいたエンジェルたちを盾に、智孝たちの攻撃を受け流していた。用済みとなった盾を放り投げ、今度は槍として使うつもりか指を鳴らした。
パチン、パチン……。
終わりがあるのかと思うほどに、エンジェルたちは湧き出てきた。軽く先程の倍の数はいる兵器たちに、苦戦を強いられる。
「ひっ……な、何だ?」近くで怯えた男の声がした。タイミング悪く目を覚ましたマチカの父親だ。
お前が作った生物兵器がしたことだろう? 毒づくように遼太朗が言う。この状況はお前が作ったんだと。把握できずとも、マチカを連れてさっさと消えろとも言い残し、遼太朗は二度とそいつを見ることはなかった。
「──ぃ、あああっ!」
有羽の叫びが響く。
「ああ、悪い。左手しか空いてないからさ」
少しも悪びれた様子もなく、男は負傷している有羽の右脇に自分の腕を絡め、そのまま引き上げた。痛みに顔を歪める有羽。しかし
「いいえ。こっち、ちょうど力が入らないからよかった」
にやりと笑い、男の腹に向かって拳を突き出した。
「──って!!」
息を吐くと同時に有羽を突き飛ばす。「兄ちゃん!」と自分を呼ぶ有羽の左手には、銀色に光を放つ金属が装着されていた。
ドンドンドン!
そのチャンスを逃さずに数発の銃弾を放つ。今度こそ男の体に食らいついた。すかさず、遼太朗が切りつける。
「……ちっ、くそ」
苦々しい表情を浮かべながら男は床に腹這いとなって倒れ込んだ。
「遼太朗、有羽を連れて先に行け!」
エンジェルたちの攻撃をかわしつつ、そう言った。諫美と二人で全ての兵器を壊すことはできないが、隙を作り逃げることはできる。
頷き、有羽と共に外へ出たのを見届けると、智孝は数体の内の一つを再起不能にし、まだ息のある男に近づいた。
「流天か?」
男は目元を緩ませるだけだった。それをイエスと受け取った智孝は、この依頼をどこで知ったのかを問いかける。答えは返ってこないかと思いきや、意外にもすんなりと手に入った。
「これは実験だよ。言守たちが行うテストを襲ったらどうなるか」
つまり、これがテストだと予め知られていたってことか。
バンと衝突音がした。見ると、諫美が息を細かく切らしながらうずくまっている。いくら身体能力が高く、既に朧を使えるとはいえ無茶をさせすぎた。訓練と違って、実戦での体力の消耗は激しい。
二度と口を開かない男を見下ろし、諫美に脱出の声をかける。
どうしてこれがテストだと知っていたのか? MARSとのつながり。そしてこの男が放った『5つの朧』。
なぜ俺たち全員が朧を持っているとわかった? そして、いつ有羽は朧を手にした?
何一つ疑問は解消されないまま、俺たちは施設を後にした。
小説目次
本編
・第1話|謎の招待状
scene01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06
・第2話|魄と朧と鬼と人形(リーズ)
scene07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12
・第3話|鬼が消えた日
scene13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18