「ねえ、遼(りょう)。ひざまくらしてあげる。こっちきて」
自室のベッドの上に座り、有羽(ゆば)はそう言って手招きをした。
年頃の男子としてはおいしいのか困ってしまうのか微妙なシチュエーションだが、せっかくの有羽の誘いとあっては断れない。遼太朗(りょうたろう)は遠慮しつつ、ベッドに横になった。
「この前、彩(あや)ちゃんにこうしてもらったら、すっごく気持ちよかったんだぁ。だから遼にもしてあげようと思って」
遼太朗に対するいとおしさを表すように、有羽は優しく頭を撫でる。遼太朗はというと、その心地よさに自然と目を瞑っていた。
それからどのくらいの時が経ったのか、遼太朗の呼吸はゆっくりと一定のリズムを刻んでいた。
有羽は眠ったのか確認するために、そっと顔を覗き込む。遼太朗はすやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
いくら暖房がついているとはいえ、真冬に何もかけないのでは風邪をひいてしまうだろう。有羽は静かに遼太朗から離れ、掛け布団をかけた。
昔から動物や小さい子供に好かれている有羽だったが、無防備に眠る遼太朗の姿を見てくすくすと笑いがこぼれた。そのあどけなさは子供の頃から変わってない。
「遼に言ったら怒るかもしれないけど……かわいいんだよね、遼って」
寝顔を見ながら囁き、有羽は優しく頬に口付けをした。
その時に遼太朗が小さく声を上げ、うっすらと目を開ける。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
まだ寝ててもいいよと微笑む有羽。しかし遼太朗は有羽の言葉を聞いているのかいないのか、何も言わないまま有羽の首に手をあて、そのまま強く引き寄せた。
突然のこととその力強さに抵抗できなかった有羽は、遼太朗とキスをすることになる。
いつものように軽く触れるだけのキスとは違い、遼太朗の気持ちがそのまま流れ込んでくるような熱さを感じた。
そんなキスに戸惑いを隠せない有羽は、唇が離れた後も何も言えないまま、ただ遼太朗を見つめた。
「有羽……」
大切に彼女の名を呼び、再び自分のもとへと引き寄せる遼太朗に、有羽は声を上げた。その声に遼太朗も動きを止め、言葉を失ったまま有羽の顔をしばらく見つめる。
「あれ?もしかして……これ、現実?」
こくりと有羽が頷いたのを見て、遼太朗は飛び上がるようにして体を起こした。
「ごめん!俺寝惚けてて……って、俺寝てたんだな。あ、いや、そうじゃなくて」
慌てて弁解を始める遼太朗の手を握り、有羽は頬を赤く染めながら小さく首を振った。
「謝らなくていいよ。ちょっとびっくりしただけだから」
「そ、そっか」
そう答えたものの、この後何を話せばいいのか言葉につまる。しかし、そんな遼太朗の思いは杞憂となり、有羽は遼太朗の胸へと身を寄せた。そしてひとり言のように、「遼も男の子なんだよね」と呟く。
「いつも仲のいい友達みたいにしてくれるから忘れてたけど……もしかして、我慢してくれてるの?」
「それ答えにくいなー」
「ダメ?どんな答えでも、遼の本音が聞きたい」
体を離し、聞く準備万端といった様子で遼太朗を見つめる有羽。
遼太朗はしばらく困った顔をしていたが、観念したように口を開いた。
「有羽とキスしたりするのって、すごく嬉しいんだ」
「うん」
「それで……もっと続きがしたくなる」
「──うん」
少し、有羽の返事にためらいの色が混ざった。
「けど、多分有羽を困らせるだろうなって思うから、我慢してる……かな?」
遼太朗は有羽がどう思うのだろうと、ちらりと顔を見る。有羽はにこっと笑って「寝惚けてたら、あんなキスするくらい?」と冗談を言うような口ぶりで言った。
「う、それは」
「ごめん、ちょっとからかっちゃった」
そしてくすくすと笑う。遼太朗は参ったなと言わんばかりの表情で、ぽりぽりと頭をかいた。
「でも、遼がそんなに我慢してるなんて知らなかったなぁ……」
どこかしんみりした様子で有羽は言う。手を組んで指遊びをする有羽の視線は、どこを見るわけでもなく下を向いていた。
しばらく沈黙が続いていたが、それを先に破ったのは有羽だった。彼女は少し上目遣いで遼太朗と目を合わせ質問する。
「もし、我慢しなくてもいいって言ったら、どうする?」
その言葉に思わず頬が緩んでしまう遼太朗だったが、それはあまりにもみっともない姿だと自粛(じしゅく)し、問いかけに対し真面目に考える。
「う~ん……俺が本能のままで行動したら、有羽、大変なことになると思うよ」
「や、何かやらしい!今の言葉!」
「え?今の、そんな変な意味で言ってないって!何、想像したの?」
それを聞いては赤面することは免れないだろう。有羽は桜色に染めた頬を膨らませて、遼太朗への反撃をする。
「そういう遼だって、顔赤いよ?変な想像してるでしょ」
「いやいや、有羽には負けるよ」
しばらくそのふざけ問答が続いたが、お互いに赤くなったまま何を言ってるのだろうと、二人は同時に吹き出した。
「もう一回、さっきみたいなキスしてって言ったら、止まれなくなる?」
ひとしきり笑った後、有羽は重ねるようにして遼太朗の手を握り、そんなことを尋ねる。
遼太朗は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに笑顔になって顔を近づけた。
「努力するよ」
もう一度食べたくなる蜂蜜のように、甘くてとろけるような一時。
たまには、そんな時間に浸ってみるのもいいかもしれない。
END