晟(せい)とのツーショットをまざまざと見せ付けられてからも、いつもと変わりなく接していた実春(みはる)だったが、パーティでの彩(あや)の様子にある心配の種を撒いていた。
それは終了時には大きく花を咲かせ、いても立ってもいられなくなった実春は彩にこんな誘いを申し出ていた。
「彩、今日は俺に送らせてもらえないか?」
一緒に帰ろうとしていた彩の弟である翔太(しょうた)は、目を丸くして自分の姉と実春の顔を交互に見比べる。そして何を思ったのか敬礼のポーズをとり、「あ!僕がいたらお邪魔ですよね!先に帰りますから心配はいりません!!」と口走る。
「お前は何を考えてるんだ?」
「もちろん、僕の心配もいりませんよ?」
これである。いつものことながら脈絡のない会話に、実春は眉間に皺を寄せた。
「わかった。じゃあまたな」
「はい!」
翔太はぶんぶんと大きく手を振り、あっという間に姿は見えなくなった。そんな二人に彩はくすくすと笑う。
「それにしても、どうしたの?何だか実春っぽくないわね」
「そうか?」
「なんとなくね。人に気遣うっていう面では変わりないんだけど」
ゆっくりと歩き出した彩に歩調を合わせ、そんな他愛のない話を続ける実春だったが、彼はそんな会話を楽しむためだけに誘ったのではないだろう。かといって自ら話そうとしないものを無理に尋ねるのもどうかと思い、彩は実春が話すのを待ち続けた。
「今日は楽しめたか?」
「ええ、とっても。一生の思い出になるだろうなぁ。有羽に感謝しなきゃ」
「……そうか」
「くす。実春ったら、さっきから『そうか』ってばかり言ってる」
「そうか?あ、言ってるな」
珍しく動揺する実春の姿にまたも笑いをこぼす彩。実春もそんな彩を見て苦笑するが、ふっと真顔に戻る。
「答えたくなかったらそれでもいいんだ。……今日、晟と買い物してただろ?それってその」
「ああ、付き合ったのよ。有羽へのプレゼントを買うのにね。そうそう、お礼にって有羽のブレスレットと対になってるリングを買ってもらったのよ。ほら」
少し恥ずかしそうにして彩は左手を見せる。彩の笑顔を見て実春も微笑むが、その心中は穏やかではなかった。
すっと手を伸ばすと軽く背中をトントンと叩いた。
「あまり無理するなよ」
突然の行動に彩は驚き足を止め、実春を見つめることしかできなかった。実春はふっと笑って視線を前に向ける。
「お前は何でも一人で抱え込むからな。心配なんだよ、いつか張っていた糸が切れてしまうんじゃないかって。俺に出来ることがあるなら、何でも言えよ」
「どうしたの?急に」
「今日の彩を見てたら、“何となく”が“確信”に変わったんだ。それでも何もしてやれない自分が悔しいんだけどな」
彩が誰を見つめていたか、その人の前でだけ見せるあの笑顔……そして、苦しそうな表情。ほんの一瞬だろうが何だろうが“自分とは違う誰かを想う人”を好きになっている者ならば感じ合える雰囲気(もの)が、そこにはあった。
「ありがとう」
そう言って、彩は実春の背中にこてんと頭を乗せた。詳しいことを話さなくても、実春にはわかってしまうんだなぁなどという考えに一人小さく笑いをこぼす。
「私なら平気よ。自分で決めたんだもの、有羽とうまくいくように協力しようって。それにね、私はあの人と有羽との関係に憧れているだけなの。だから大丈夫」
「それが無理して出た言葉でなければ心配なんかしない」
実春の優しさに、気付かぬうちに我慢をしていた彩は思わず涙がこぼれそうだった。それを見せたら余計に実春は心配してしまうかもしれない。
静かに、でも大きく幾度かの呼吸をし、落ち着いた彩は口を開いた。
「心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫よ。実春がいてくれるから」
「彩……」
「もし一人で抱えきれなくなったら、ちゃんと実春に話すわ───話してもいい?」
「ああ」
実春は頼られることにどこか安堵し、微笑みながら返事を贈った。
「でも、実春も苦労性ね。わざわざ相談役なんか買って出て」
明るい声で彩は笑いながらそんなことを言った。
これには実春も予測が出来ず、思わず声を失った。本当に俺がただの苦労性だと思っているのだろうか?と。彩にしてみれば、それこそが本当のことだった。
しかし、長年の付き合いから、それが彩だということを知っている実春は吹き出すようにして笑った。相手のことを優先的に考えようとするのが彩ではないか。
今はいい。ただの苦労性だとしても。彩の気持ちを優先させよう。そう思う実春だったが、一つだけ真実を口にした。
「わざわざ相談役を買おうとするのは、彩にだけだよ」───と。
END