闇に包まれ始めた風景の中、女性が一人ベンチに腰掛けている。受験勉強の息抜きに近所の公園へと出向いた海白彩だ。
子供が遊ぶには遅い時間帯のため、ここにいるのは彼女一人だけだった。
ふう、と空を見上げると雲の切れ目から月が姿を現す。
綺麗な円を描いているそれを見た彩は
「あ、今日は十五夜だっけ」
ぽつりと独り言を漏らした。
久し振りに月見と洒落込もうかと改めて空を見上げる。辺りを照らし出すほどに輝く月を一人で見ているのが何だか勿体無い気がする。
そんな事を考えているとポケットの中で携帯電話がメロディを奏でた。
画面を見ると着信の相手は恋人の名前を示している。
「もしもし、彩です」
少しだけ声が上擦る。こんな時間に何だろう。
今、大丈夫か?との問いを肯定すると彼は話を切り出した。
『いや。今どうしているかな、と思ってさ。受験勉強で忙しい時期だろうけど』
「今は近所の公園にいるんですよ。息抜きに来たんですけれど、月がとっても綺麗で。そういえば今日は十五夜だったなって思い出したところなんです」
ふふ、と笑ってまた月を見上げる。
「智孝さんも見ましたか? 今日の月。まだだったら見ることをお勧めしますよ」
『今俺も見ているところだよ。本当、綺麗だな』
その言葉を聞いて嬉しくなる。離れていても同じ空を見ているだけで繋がっていると思えるからだ。
「離れているのにこうやって同じ月を見られるなんて何だか不思議ですよね。自分の正面にあるのに、智孝さんにも同じように見えるんですから」
何故そうなるのかという理由くらい彩だって知っている。だが頭で判っていることと感覚で理解することは別物だ。
そうやって他愛無いことを話していると
「『彩!』」
自分を呼ぶ声が電話口と、その逆の耳へと響いた。
驚く彼女の後ろから足音が聞こえてくる。慌てて振り向くとそこには今携帯で話していた男性がいた。
「智孝さん……」
突然の出来事に彼の名前を呟くことしか出来ない。
伊藤智孝は恋人である海白彩にゆっくりと近付き、驚いた表情のままの彼女を抱き寄せる。
「メールじゃ届かない。電話じゃ駄目なんだ。こうして抱きしめないと彩に会いたい気持ちがおさまらない」
耳元で囁かれる智孝の告白。
「勉強の邪魔かもしれないと思ったけどさっき彩の家まで行ったんだ。そうしたら部屋の電気が付いていなかった。それを見たら余計に会いたい気持ちが募って、気が付くと電話を掛けていた」
他愛の無い会話をしながら焦らないように自分に言い聞かせるのが大変だったよ。闇雲に走ったって彩の居場所が判るわけじゃないからな。
その台詞でようやく彩は先程の電話で、智孝が周りの風景や目印を聞いてきた理由を理解した。
自分に会いに来てくれた嬉しさを表わすように彼を抱き締め返す。そこでまだ手に携帯電話を持っていることに気が付き、通話を切ってポケットに入れ直すともう一度強く恋人の身体に手を回した。
会いたいと思う気持ちは自分も同じだったから。
巡り逢えた二人を祝福するように満月が恋人達をやわらかく照らし出していた。
END
あなたに逢いたい|桜左近