風が吹くと足下の木の葉が乾いた音を立てながら渦を巻いた。
その中を恋人達がゆっくりと歩を進めている。
ふと女性が男性とは逆の方向に目を向け足を止めた。
「彩、どうした?」
腕を組む、というより彼のコートの腕部分だけをそっと握っている彼女に袖を引かれる形になった伊藤智孝は、その場に留まり彼女と同じ方向へ視線を向ける。
そこには大きな黄色い木があった。
「あ。ごめんなさい、智孝さん。イチョウが余りにも綺麗だったので」
青い空に映える黄金色の葉。時折風に煽(あお)られ輝きが舞い落ちてくる。
その情景は溜め息を吐きたくなるほど素晴らしいものだった。
「本当に綺麗だな」
「はい」
暫しの間、見とれていた二人は木々の回りで遊ぶ子供達の笑い声を合図にして歩みを再開する。
歩きながら海白彩は先程の子供達の行動を思い返していた。
「懐かしいですね、あの遊び。私もよくやりました」
落ちてくる木の葉を空中で掴む、単純ながらも結構難しい遊戯だ。
「ああ、俺もやったことがある」
自分と同じ遊びをした事があるのだと、その言葉に彩は嬉しそうに微笑み「有羽達と、ですか?」と恋人の隣りに住む自分の親友の名を出した。
「まあ……な」
歯切れ悪く言う彼を不思議そうな表情をした彩が見上げる。
「いや、実は一週間ほど前に有羽達と近所の公園へ行ったんだよ。その時にちょっとな」
いい年をして落ちる木の葉相手に真剣になった事を思い出すと妙に恥ずかしかった。
「智孝兄ちゃんも一緒にやろうよ」
お隣りさん姉妹と共に公園に散策に来ていた。
有羽の妹が舞い散る葉に手を伸ばす様を見ていた姉が、何故か対抗意識を燃やして自分もと枝から離れた葉を空中で掴もうと躍起になっている。
呆れたように見ていた智孝に有羽が声を掛けたのだ。一緒にやろうと。
俺はいいよ、そう断る彼の手を引いて木の傍まで来ると
「落ちてくる葉を宙で捕まえられたら願い事が叶うんだよ。ね、やろう?」
何を思っているのかニコニコと笑顔で半ば強引に誘う。
それで有羽の気が済むならと形だけの参加のはずだった。しかし意外にも葉っぱは手強くて中々入手出来ない。気がつくと本気で舞い落ちる葉を見ていた。
ようやく色づいた葉を手にすると有羽が駆け寄ってきた。
「もう取ったの? ねえ、智孝兄ちゃんの願い事って何?」
突然問われた彼は咄嗟に恋人の顔を思い浮かべた。
「やっぱり彩ちゃんのこと? いいな、彩ちゃんは。大切に想ってくれる男性(ひと)がいて」
何も言わない智孝の顔を伺いながら彼女は羨ましそうに口にする。そして
「あーん、私もそんな相手が欲しいよー」
言いながら落ち葉の中へ駆け出していった。
その時の想いが沸き上がり、彼は恋人に尋ねてみた。
「もし彩の願いが叶うなら何を願う?」
驚いたように智孝の顔を見上げ暫く見つめていると、顔を赤らめ俯いた。
「――そうですね。あの、私ももうすぐ高校を卒業しますし……」
「そうか。大学合格は確かに大切だよな」
自らの想いとはかけ離れてはいるが、受験生にとってそれがまず第一だろう。自分もそうだった記憶がある。
「えっ? あ、そう。そうですよね」
少し慌てたように笑う彼女に真意を問い掛けた。
何でもないんですと手を振る彩を静かに見つめていると、観念したのか小さな声で
「大学の合格っていうのは大きく間違ってはいないんです。でも、本当の願いは…」
智孝さんとこれからも一緒にいたいっていう事なんです。
顔を赤くしながら白状した。
彩が受験したのは智孝と同じ大学である。彼がそれを聞いた時に彼女の合格を心から願ったのは言うまでもない。
自分のコートの袖をぎゅっと握り締めている姿が愛しかった。
恋人を自らの胸に抱き寄せる。
「俺も同じだよ」
想いは同じだった。それが嬉しくて仕方がない。
彼女の耳元であの時、落ち葉を手にした時に抱いた想いを囁く。答えるように彩は智孝の背中に手を回す。
その姿を彩るように色とりどりの葉が二人を包んでいった。
END
落葉の願い|桜左近