08.これは俺達内部の人間がやったことに違いない|智孝

 そろそろ動き出してもいいな。
 三年という年月をかけて得た情報と、先日起きた向こうからのアクションに、智孝ともたかは静かな闘志を燃やしながら決意した。
 言守ことのかみという一種の傭兵施設でもある幹部の人達からのめいもあり、その計画を実行するためのチーム編成を考え、今日、講義の後に集まってもらった。
 そのミーティングルームへ向かう前にどうしても話しておかなければならないことがあり、それを告げる相手を講義に呼んでいた。それが、せい有羽ゆばだった。
 教室に自分たちの姿しかないことを確認した智孝は、二人に歩み寄り声をかける。

「お前達、目立ち過ぎだ」
「ですよねー」
「ですよね、じゃない」
「えへへ、ごめんなさい。でも、なかなかいい質問だったでしょ?」
「まあ、な。あれで帳消しにしておく」

 恐らく、遼太朗りょうたろうが鬼であるという真実を聞いたのだろう。晟は、講義の途中叫びに近い声を発し、皆の注目を一斉に浴びたのだった。
 そのフォローを『質問』という形で有羽ゆばがしたのだが、タイミング良くそこで終了のチャイムが鳴った。

「その様子だと、遼太朗の正体を知ったくらいか?」
「ってことは、智兄ともにいも知ってたの?」

 兄と呼び、そう問いかける晟を不思議に思った有羽ゆばは疑問符を頭の中でたくさん浮かべている様子だった。それに気付いた智孝は、軽く晟の紹介をする。

「ああ、晟は紘人ひろとさんの息子なんだよ」
「──え、は、ええっ!? 紘人さんて、あの紘人さん? 言守ことのかみを作ったMARSマースの初代リーダー?」

 興奮する有羽とは裏腹に、晟はつまらなそうな表情を浮かべた。幼いころから「皆の憧れのヒーロー」である父の名を出すと、手のひらを返したような反応をされていたので仕方ないと言えば仕方なかった。しかし。

「へー、じゃあ、色々と大変だったでしょ? それだけ有名だと、どうしても比べられちゃうもんね」

 有羽ゆばは今までにない反応を示した。晟も目を丸くしてその心の内を表す。

「私はどっちかっていうと、これから晟がどう活躍するのかが楽しみだな」
「すげー……そんな反応見たことない」
「え? そう? だって晟は晟じゃない。紘人さんじゃないんだし。って同じこと言ってる?」
「いや、いいんじゃないか。嬉しそうだし」

 笑いながら答えると、晟はまたぎょっとした。今度は恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。晟の様子を見て、やはりチームに有羽ゆばを入れることは『正解』だったと確信する。
 予想もしない答えを返してくるのが有羽であり、突飛で不可解な行動もとるが、根本的な真理をこいつは掴んでいる。

 さて、そろそろ本題に入るぞ。と話題を切り替え、資料を手渡した。
 そこには三年前の『鬼狩り』についての詳細と、先日のイベントホールの詳細、そしてこれから受ける任務についてが記してあった。

 鬼狩りについては、テストとして行われた言守ことのかみのシステムを利用された可能性が高いということと、それを行ったのが『流天るてん』であることを。
 先日のイベントホール事件では、招待状は特殊な場所から入手した紙で作られていたことと、初めて死体からはく化したこと、そして流天るてんとの濃い関係性について。
 最後、次の依頼は流天が絡んでいることを知った上で受けるという内容だった。

「鬼狩りについては、有羽ゆばから話を聞いた方が早いと思うが、ここでは事件の内容を詳しく知ることよりも、もっと重要なことがある。それは──遼太朗が鬼であるということを知っている人間がごく少数に限られているということだ。言守ことのかみといえど知らない者の方が多い。晟がいい例だな。遼太朗と親しみ深かった者、ここの施設のトップ、あとは……同族の可能性だけだ」

 智孝の説明に有羽の表情が険しくなる。

「そして、この招待状だが……他の言守ことのかみの施設、緋華見ひかみで使われているものだった。特殊なライトで浮かび上がる透かしが入ってるんだが、それがあった」
「な……てことは」
「ああ。緋華見ひかみで晟を知っている人物だろうな。しかも、個人的な感情が強い奴だ」

 あの音声から考えてもということだった。名指しをするくらいだ。相当、根深い執着心がある。一年前に向けられた晟への敵意も異常だった。
 はくを浄化するということは、魄との接触も増えるということだ。相手の欲が強ければ強いほど、周りへの影響も大きく、呑み込まれやすい。言守ことのかみ候補生の内が一番危険だった。
 墨木すみき明日香あすかも例外ではなく、彼女が殺された原因もこれだった。当時、既におぼろを手に入れていたとはいえ、浄化する際の反動は未だに晟を苦しめている。それは力の暴発と記憶の喪失となり、理性の忘却という影響で表れていた。
 犯人の姿を見た者も多かったはずだが、『親の七光り』として晟を羨んでいた者にとってはこれをチャンスとしない手はない。たがが外れやすい晟は、日々沸き起こる嫉妬に対し、暴力という形で抑えつけていた。
 その環境を変えるべく、晟は先月ここ天本あまもとへ編入してきたのだ。

「そして、有羽ゆばが晟の名を口にしてから変形が始まったことと、魄を浄化した後に起こった有羽の体への変化は何かしらの関係性があるとふんでいる。ついでに言うと、三年前の鬼狩りも偶然ではなく、起こるべくして起きたことだ」
「つまり、牙白ガラ──遼の正体を知っている人が三年前から布石をうっていて、やっと動き出したってこと?」
「ああ」
「この前の事件も、遼が関係してる……」
「恐らくな」
「それが流天るてん……」

 有羽ゆばの言葉に対し頷くと、ぞくっと悪寒がした有羽は、自分自身を抱きしめるようにして腕をさすった。

「私が朧を使えるようになったのも、何か関係がある?」
「……それはわからない。だけど、浄化後の変化は関係あるはずだ」

 不安そうに尋ねる有羽の様子に、それだけを告げた。有羽が全てを知るまでは、まだ早すぎる。そう思った。

「有羽、次からの任務には遼太朗が絡んでいる可能性が高くなる。またこの前のようなことがお前に起こるかもしれないし……遼太朗自身がターゲットとして現れるかもしれない。だとしても、大丈夫か?」

 静かに問いかけると、有羽ははっとしたように顔を上げた。そして決意を表すように智孝を真っ直ぐに見つめ、言う。

「大丈夫。やれるよ」

 その瞳を見据えて、ふっと頬を緩ませ「──そうか」とだけ応える。

「じゃあ、ここからは俺の推測を話す。あらゆる可能性を考える練習だと思ってくれ」
「はい」

 晟と有羽は声を合わせて返事をした。

「この招待状は明らかに晟を狙っている。ここはシンプルに考えよう。すぐにわかるようにしないと、招待状を送る意味がないからな。晟に聞くが、『緋華見ひかみ』『6という数字』『曲目』『女性』と聞いて、真っ先に思い浮かべる人物は誰だった?」
「……墨木明日香」
「では、その墨木明日香と関係性が深く、さらに晟に対して嫉妬や恨みをもつ人間は?」

 晟はそれについて思い当たる節があるものの、答えることが出来ない様子だった。晟の思い浮かべる人物と自分のそれとが一致していると予想した智孝は、静かに背中を押す。

「既に死んでいたとしても、だぞ」

 その言葉に息をのむが、降参したように一つ息を吐いて名前を口にした。

「墨木隆一りゅういち。明日香の兄だよ」
「……晟、大丈夫?」

 言葉では表すことのできない寂しさや憎しみを交えた瞳を向ける晟に、有羽ゆばは心配そうに声をかけた。晟は少し驚いた顔をするが、すぐに笑みを浮かばせて答える。

「大丈夫だよ。その兄貴、明日香のこと溺愛するあまりさ、異常なことしてたんだよね。ほぼ毎日殴ったり蹴ったり……最後は銃で殺して、すぐに自分も死んだ」
「そんな……」
「その後のことは覚えてないんだけど、これがどう関係してる?」

 最後の言葉は自分に向けて投げられた。晟の言葉通り、墨木隆一は妹を撃ち殺した後、浄化と怒りで朧を放つ晟よりも早く自らの心臓を貫いた。その直後だった。三年前に有羽ゆばに起きたものと同じ力の暴発が晟にも起きたのだ。
 朧に慣れていない者は、感情の揺れをうまく使えない。強い衝撃や感情の起伏があれば、朧は勝手に体から放たれる。
 過去、親友を失った智孝にも起きたことだった。

 一度だけゆっくりと呼吸をし、この話をした本当の理由を告げた。

「このことは俺を含めて5人しか知りえないことだ。あとでその人物の名前を教えるが、もし、その他に知っているとしたら、そいつが流天るてんの人間である可能性が高い──いいな?」

 嫌な予感がぬぐえないまま、黙って頷く二人。

「墨木隆一と明日香の遺体は、火葬される前になくなったんだ」
「なっ……!」
「遼太朗のことといい、緋華見ひかみで起きたことといい、これは俺達内部の人間がやったことに違いない。次の依頼で、本当に死んだ者が生き返る・・・・・・・・・としたら、な」
 

小説目次

本編

・第1話|謎の招待状
 scene01 / 02 / 03 / 04 / 05 / 06
・第2話|魄と朧と鬼と人形(リーズ)
 scene07 / 08 / 09 / 10 / 11 / 12
・第3話|鬼が消えた日
 scene13 / 14 / 15 / 16 / 17 / 18

予告&番外編

99.7

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