聖なる夜に

「なんか彩先輩とこうしているのが、すごく不思議」
 樫倉かしくら晟はそう言うと夜空を見上げた。
「どうしたの?急に」
 海白うみしら彩は驚いて発言者を見つめる。
 ベンチに座って二人で暖を取ろうと温かい缶飲料を口にしている時に、晟はふと言葉を漏らしたのだ。
「彩先輩はさ、実春先輩のことが好きだと思っていたから」
 視線を宙へ向けたまま、少し言いにくそうに口にした。
「んー、確かにね。晟くんと付き合う前は野田くんも素敵な人だなって思っていたわ。まぁ好きというより、それ以前の感情だったけれどね」
 あっさり肯定すると笑いながら切り返す。
「でも晟くんだって有羽ゆばのことが好きだったんじゃないの?」
「……うん。先輩に出会ってなければ、多分有羽に告白してたと思う」
 彼は隣りにいる恋人に巡り会う前の出来事に思いを馳せた。

 気になる女の子がいた。
 同じクラスの玖堂くどう有羽。
 話をするきっかけは本当に些細な事だった。
『共通する知り合いの先輩がいる』
 それだけで俺たちは一気に打ち解けた。
 それからはいつも一緒にバカを言ったり笑いあったりした。次第に彼女の笑顔に魅かれていき、それは淡い恋心と変わっていく。
 その想いが変化したのは、有羽がある女性をいつもの溜まり場へと連れてきてからだ。
 第一印象は大人しくて控え目、有羽とは正反対の先輩だった。
 それなのにいつの頃からか視線は彼女を追うようになっていた。今まで有羽を探して漂っていた目が、先輩の姿を捕らえようと彷徨(さまよ)う。
 もちろん先輩と話をしたりもする。いや、会話をするからこそ想いを寄せてしまうのかも知れない。
 だがその胸の内を伝えるわけにはいかなかった。
 理由は単純。先輩には好きな人がいるから。そしてそれは俺じゃない。
 彼女は時々同じクラスの男性と溜まり場に遊びに来る。彼といる時の笑顔は輝いていて、それなのにふっと寂しげな笑みを漏らす。秘めた想いが見え隠れしていた。
 その日も部室で過ごしていると、用事があると皆が個々に教室を出て行った。偶然先輩と二人きりの時間が出来る。
 小さく溜め息を吐いている彼女の正面に座ると切り出した。
「ねえ、彩先輩。悩み事があるなら相談に乗るよ?」
 想いが伝えられない代わりに少しでも力になりたい。役に立ちたい。
 声を掛けた俺を少し驚いた表情で見つめると、視線を反らすように俯く。
 相談っていうわけじゃないんだけれど。そう前置きをして口を開いた。
「樫倉くんって、好きな人がいる?」
 今度は俺が驚く番だった。
 目の前にいる好意を抱(いだ)く女性から言われると、想いを見透かされているようで自分の顔が赤くなるのを止められなかった。
 俺が頷くのを確認すると先輩は更に質問を重ねた。
「その人に自分とは違う好きな人がいたら、樫倉くんはどうする?」
 …実春先輩には彼女がいたのか。ということは彩先輩は俺と同じ立場に立たされている事になる。
 腕を組み少し考えると、慎重に言葉を選ぶ。
「俺なら…その人の想いを尊重するよ。力を貸したいとも思う。その人の笑顔が俺にとっては大切だから。寂しそうな顔をされると自分の無力さを痛感するよ。だから相談でも愚痴でも構わない。俺を頼ってほしい」
 彼女への想いが抑えられない。川が決壊するように溢れた感情が言葉になる。
「俺は彩先輩が好きだから。先輩が誰を好きでも、俺は彩先輩が好き。だから付き合ってほしいとか、そういうことじゃなくて、俺があなたのことを好きだと云う事実を知っておいてほしいだけなんだ」
 …何言ってるんだ、俺。これじゃあ先輩を困らせてるだけじゃないか。
「――ゴメン。急にこんなこと言われても困るよな。悪い、忘れてくれないかな」
 言いながら立ち上がると退室するために扉へと歩を進めた。その足を止めたのは先輩の声。
「忘れなきゃダメ?」
 振り返った俺が見たのは、顔を上気させて嬉しそうに微笑む海白彩という女性だった。
「だって先輩、好きな人がいるんだろう?」
 肯定の返事をする彼女に「だったら俺の気持ちは邪魔だろ」と諦めを交えて言うと、首を振った。
「ううん。すごく嬉しいわ。だって、私の好きな人は――」
 樫倉くんだから。小さな声で告白した。

「ところで先輩。何で俺が有羽を好きだったことを知ってるの?」
 彼女に好意を抱いていたのは彩先輩に出会う前のことなのに。
 晟は不思議に思って聞くと、意外な答えが返ってきた。
「私と視線が合うと晟くんは必ず有羽の方を見ていたわよね。最初は理由が判らなかったけれど、もしかしたらって思ったの。もしかしたら晟くんは有羽が好きなんじゃないかって。だから彼女といつも一緒にいる私が羨ましいんじゃないかってね」
 思い始めたらそれが真実に思えてきて、認めるのが辛かったわ。
 ぽつりと呟く。
 彩先輩のことを哀しがらせていたのは俺自身だったのか。愕然とする樫倉晟は大きく溜め息を吐いて下を向く。
 その時、目端にちらりとイルミネーションが映った。
「そうだ。忘れるところだった」
 落ち込んでいた雰囲気はどこへやら、鞄から長方形の箱を取り出す。箱は綺麗に包装されてリボンが掛けられていた。
「先輩、これ。クリスマスプレゼント」
 差し出されたそれを驚いたように眺めた後、大切そうに受け取り尋ねる。
「ありがとう。開けてみて良いかしら?」
 頷く晟から箱に意識を移して包みを解(ほど)く。中からケースが出てきたのでそれを開くとネックレスが鎮座していた。
「これ…」
「何をプレゼントしていいか判らなくてさ。ごめん、雑誌の受け売り」
 それでも彼がこの首飾りを自分で購入して包装も頼んだのだろう。彩にはそれが嬉しかった。
「ねえ、着けてくれる?」
 くるりと背を向ける彼女に晟は慌てて手を擦(こす)り摩擦熱で温めてからペンダントを手に取る。
 髪の毛を絡ませないように気をつけながら、止め具をはめた。
 そっと手を離すと海白彩は「似合うかしら」とこちらへ向き直る。もちろん、と返す樫倉晟。
 微笑み合う二人の間に、ひらひらと白いモノが舞い落ちてくる。
「雪…」
 空を仰ぎ同時に呟く。顔を見合わせるとくすくすと笑って言い合った。
 Merry Christmas!

END

聖なる夜に|桜左近

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