素敵な仲間達と迎えたクリスマス。こうして一緒に集まってパーティをするのは初めてのことだったが、昔からのイベントのように違和感なく懐かしい気分で一時を過ごした。
帰宅の時刻となり一通りの片づけを終えると、晟(せい)は有羽(ゆば)に一緒に帰ろうと誘った。本当なら喜んでOKの返事をしたいところだったが、昼間の彩(あや)とのことが引っかかっていることと、途中まで親友と帰る約束しているため、ちらりと彩に視線を送った。
彩はにこりと笑って先に帰ることを提案する。それならばと言葉に甘えて帰り支度をする有羽だったが、その間に晟と彩が何やら楽しげに話しているのを見て、何となく心に重さを感じた。
晟の好きな人は彩ではないのだろうか?そして彩の好きな人は?
聞きたくても聞けずにいた有羽は、もんもんとした気持ちを持ったまま歩く。彩になら聞くことができるのだが、もしその答えが自分の想い人と同じ名前だったならば、どう返事をしていいかわからない。その“もし”という可能性に対する答えが見つからないうちは、聞くに聞けなかった。言葉で何とか言い繕(つくろ)えたとしても、顔に出そうだ。
そんなことを考えている内に何か問いかけられたらしく、晟が呼びかけるように自分の名前を口にしていた。
「あ、ごめん。今考え事してた」
「そっか。どこか具合悪いわけじゃないならいいんだ」
「そんなことないよ。楽しいもん」
「でも考え事してた?」
「あ……」
「冗談だよ」
子供のように無邪気な笑顔を浮かべて、晟は有羽の手を握った。その突然のことに有羽は胸をときめかせるが、お構いなしに晟は手を引く。
「こっちから帰ろう」
そう言って入ったのは広い公園だった。店からは電車を使わないと帰れないのだが、駅へと続く道の途中にあるとなれば、利用しない手はない。特にあることを伝えたい晟にとっては。
クリスマスとあってなのか、公園内にはカップルの姿が多くあった。それでもジョギングをする人や散歩をしている人、ただの帰り道として利用している人の方が圧倒的に多い。
私たちはどう見えるのかな?とふと疑問がわいた。もし恋人同士に見えたら嬉しいなぁと思ったところで、急に彩の顔が浮かんだ。
「そういえば、彩ちゃんにはもうプレゼントを渡したの?」
「え?あー……うん。何で?」
「別に大した意味はないんだけど」
晟の答えを聞いてそう返事をした有羽だったが、この問いかけに意味はあった。プレゼントを渡したということは、やはりあの時──買い出しの時に偶然見かけた二人、特に──晟が買っていたプレゼントは、彩のためだということになるからだ。
有羽はすっと晟の手を離し、肩にかけていた鞄をかけ直す仕草をとり、そのまま取っ手部分を握りしめていた。
「彩ちゃんてさ、本当に素敵な人だよね。優しいし、面白いところもあって、一緒にいるとすっごく楽しいし。何より私の良き理解者ってところがすごいな」
あははと笑って、有羽は冗談交じりに言った。けれど、本心では違う。それは次の言葉にはっきりと出ていた。
「実はね、彩ちゃんに憧れてるんだ。ああいう人になりたいなぁって。友達になってもらって、すごく感謝してるの。彩ちゃんにはたくさん幸せになってもらいたいな」
「そうだな。俺も先輩には幸せになってもらいたい」
それは晟の本心であることが痛いほど伝わり、有羽はくすりと笑って言った。
「だったら、彩ちゃんを泣かせるようなことしちゃダメだよ?」
「え?」
「晟なら大丈夫だと思うけどね。ホント、晟と彩ちゃんを見てると羨ましいって思っちゃうくらいお似合いだし。たまに彩ちゃんと代われたらいいのになぁって思うときがある……」
そこまで言って息をのむ有羽。思わず足も止まってしまった。
自分の言っていることに晟への想いが入っていると気付き、慌てて訂正する。
「あ、いや、彩ちゃんと代わりたいっていうのは、私もそういう素敵な恋人が欲しいっていうか、いつか好きな人とそうなりたいっていうか、理想のカップルっていいなーって思ってて」
何だか言っていて自分でも訳がわからなくなってきた。それでも何とか言葉をつなげようとする有羽に、晟は困ったように頭をかき、話を遮(さえぎ)った。
「あのさ、ちょっと話が見えないんだけど……それって俺がふられたことになるのかな?」
「え?」
「有羽は、先輩と俺にうまくいってもらいたいの?」
その質問には言葉をつまらせた。本音をいえば『自分とうまくいって欲しい』のだから。でも、彩も晟もどちらも大切だ。有羽は喉の奥からしぼるようにして声を出す。
「それはもちろんだよ。二人とも大切な人たちだし、幸せになってもらいたい」
「──俺が幸せになるなら、有羽じゃなきゃ駄目なんだ」
少しの間をおいて言った晟の言葉に、有羽は自分の耳を疑った。今のは一体どういうことなのだろう?
晟は穏やかに微笑んでいて、おもむろに取り出した小さな紙袋を有羽の前へと差し出す。その紙袋はあのアクセサリー店のものだ。しかもクリスマス用に綺麗にラッピングされている。
「これ買うのに一人じゃ恥ずかしくってさ。有羽の好みを聞くためにも先輩に付き合ってもらったんだ。先輩へのプレゼントはそのお礼だよ」
照れくさそうな顔で話す晟を、有羽は未だに驚いた顔で見つめていた。
「クリスマスプレゼント、受け取ってもらえないかな?」
「い、いいの?」
「もちろん。有羽のために買ったんだよ」
有羽は両手でそれを受け取り、大事そうに胸に抱いた。そして一言「ありがとう」とお礼を述べる。
しばらくそのままの格好でいる有羽に、どうしたのか声をかけようとした時、有羽の方から呟くように口を開いた。
「どうしよう……すごく嬉しくて、どうしたらいいかわからない」
そう言った有羽は涙声だった。晟は込み上がる愛しさを抑えきれず、そっと有羽を抱きしめた。
「もう一回聞いていい? 彩先輩と俺にうまくいってもらいたい?」
「……祝福したい気持ちに嘘はないよ。でも本当は、私が晟の好きな人になりたいと思ってた」
「よかった」
晟は心底ほっとしたように言い、その気持ちを表すように有羽を抱きしめる腕に力を込めた。
「あのね、私も晟にプレゼント用意してあるんだ。受け取ってくれる?」
「え?でもプレゼントはもう貰ってるよ?」
「うん。あれは感謝の気持ちとして皆にプレゼントしたものだから。中身だって食べ物だったでしょ?」
確かに、パーティの最中に有羽からもらったプレゼントは一律して手作りのカップケーキだった。しかももう既に食べてしまっている。
有羽は恥ずかしそうに手にしていた袋からプレゼントを取り出し晟へと渡す。それは、有羽の想いが込められた暖かいマフラーだった。
「もう渡せないかなーと思ってたけど……よかった」
ふわりと首にかけられ、晟はその温もりに頬を埋めた。今度は晟が黙り込んで俯いてしまう。有羽はそんな晟の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「どうしたの?晟」
「いや、なんか、有羽の気持ちがわかったっていうか……嬉しくてどうしていいかわからない」
「あはは。同じだね」
恥ずかしさと照れくささから、二人は声に出して笑う。そして、どちらかともなく手をつないだ。
本当のプレゼントは、この世に生を受け、出逢えたことかもしれない───そんなことを思った。
お互いの考えが伝わったのか、二人は顔を見合わせくすりと笑う。そして同時に同じ言葉を告げた。
「メリークリスマス」
END