学校も休みである日曜日、有羽は晟の部屋へと遊びに来ていた。と言っても、お互いにやらなければいけない課題を黙々と進めていたのだが。
自分の分は終わったと背伸びをする有羽は、ノートを見て難しい顔をしている晟に後ろから抱きつき声をかけた。
「晟は何してるの?」
「んー、明日までに提出しなきゃいけないレポートがあってさ」
覗いてみると物理の問題が書いてあり、有羽は自分のことのように困った顔をして頷いた。
「私、物理の原理がいまだによくわからないんだよね。数学で無理矢理解いちゃってる」
「有羽って数学得意だよな。それって智兄の影響?」
「うん。智孝兄ちゃんて、人に教えるのと私を怒らせるのはうまいんだよね」
幼馴染みであり、里美の兄でもある智孝の名を出して尋ねる晟に、有羽はおどけるように言葉を返した。
「二人って仲いいよね」
「あれれ?もしかして妬いてるの?」
ひょいと横から覗くようにして顔を出す。晟はちらりと有羽と目を合わせ、また視線をノートに戻した。
「……そりゃあ気にはなるよ。智兄って有羽のこと好きそうだし」
「あはは。それはないよー。兄ちゃんて彩ちゃんみたいにかわいい子がタイプだもん」
晟から体を離し隣へぺたりと座る有羽は、手をぷらぷらと左右に振りながらそう答えた。
「有羽だってかわいいよ」
「あ!その言葉禁止!」
「何で?」
「だって、どう答えていいかわからないんだもん。恥ずかしいし……」
そう言われるともっと言ってみたくなるのが人情というものか。
晟はどこか嬉しそうな顔をしてペンをテーブルの上に置き、有羽を見つめる。
「どんな美女を前にしても、有羽にはかなわないよ」
「そ、それは言いすぎ」
「そう?俺には有羽が最高だけどな」
そしてそっと有羽の肩を抱く晟。今のセリフといい、好きな人の腕に抱(いだ)かれたことといい、有羽の鼓動が高鳴るには充分だった。
「理由なんか関係なくなるんだ。それくらい、有羽に夢中になってる」
「あ、ありがとう」
何と答えていいものか、有羽は自分でもわからないうちにお礼を口にしていた。これ以上言われると、感覚が麻痺しそうな予感がする。
晟はそんな有羽に気付いていないのか、両腕で包み込むようにして有羽を抱きしめた。
「もっとストレートな方がいいかな?──好きだよ」
「な……もういいよ」
「俺には有羽が必要なんだ」
有羽が真っ赤になっても晟はやめることをせず、耳元でそう囁いた。有羽はぴくりと体を反応させると、晟に身を任せるように寄り添った。
「もう、有羽しか見えない」
既に何も言えなくなってしまった有羽は、かすかに震える手で晟のシャツをつかむ。心なしか、彼の腕にも力が込められた。
「誰よりも有羽のことを愛してる」
ふと顔を上げると、優しく微笑んでいる晟と目が合った。
ゆっくりと晟の顔が降りてくるのにあわせて、有羽は目を閉じる。
唇が触れると、何も考えられなくなった。
麻酔を打たれたように感覚が鈍り、頭の奥がじんと痺れた。
「今、どんな感じ?」
「──そういうの、イジワルっていうんだよ」
自分がどんな表情をしているのか想像もしたくなかったので、有羽は晟を見ることもせずにそう答えた。
「教えてよ。どう思ってるとか、して欲しいこととか」
有羽はしばらく黙っていたが、自分の気持ちを言うならと静かに口を開いた。
「晟と一緒にいると楽しいし嬉しいし、こうしてもらえるとすごく安心するの」
「うん」
「それで、もっと一緒にいたくなるし、晟のことばっかり考えちゃって……これじゃ駄目だなぁって思うんだけど、どうしようもなく好きで……」
その先に伝える“お願い”を、有羽は晟の肩に腕を回し、今にも消えそうな声で囁いた。
「もっと、愛して──」と。
晟はそっと有羽の手を外すと、そのままキスをした。
深く口付けを交わす晟の気持ちを受けとめる有羽。
唇が離れると同時に、晟は強く彼女を抱きしめた。
「今の、すごい効いた。もう駄目かも」
「え?」
「続き、してもいい?」
いいか?と尋ねておきながら既に行動を起こしている晟に、有羽はその本気を試すべく問いかける。
「レポートは?」
「そんなの後でいいよ。それとも、有羽はレポートをやって欲しいの?」
駄目だ。晟には全部見透かされている気がする。
笑って答える晟を見て、有羽はそんなことを思った。
晟がレポートを選ぶわけがないことを知っていて聞いたのに、それを同じ意図で聞き返されては、自分もこの後の展開に期待していたことがばれてしまう。
有羽は精一杯の抵抗として、一言呟いた。
「──イジワル」
もう一度食べたくなる蜂蜜のように、甘くてとろけるような一時。
たまには、そんな時間に浸ってみるのもいいかもしれない。
END
SCENE8|翔太は見た!!
【はちみつシリーズ】
■スローペース(糖度★☆☆)
■寝起きの本音(糖度★★☆)
■甘い言葉を囁かれて(糖度★★★)
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