色とりどりのイルミネーションが鮮やかに煌(きらめ)いて街の夜を彩(いろど)る。
彼らが外へ出た時は、既に辺りは真っ暗だった。
「寒~い」
暖房の効いていた建物から出てきた為、余計にそう思うのだろう。
海白彩(うみしら あや)はそう言ってマフラーの中に顔を埋(うず)めるようにして首を竦(すく)めた。
「そうか?中は暑いくらいだったから丁度良いと思うぞ」
言いながら野田実春(のだ みはる)は手にしていたマフラーを首に掛ける。
丁度良かったのなんて一瞬だもの、と口の中で呟いて手に下げている小さな紙袋を軽く揺すった。
「でもありがとう。買い物に付き合ってくれて」
彩と実春はクリスマスプレゼントを買いに来ていた。
実春自身は購入することをせず、遠巻きに彼女が商品を選んでいる姿を見ることしかしなかったが。
「どういたしまして」
微笑んでそう答えると、軽く辺りを見回す。
「しかし玖堂(くどう)達とはぐれてしまったな」
その言葉に彼女は「んー」と宙を見つめると
「大丈夫じゃないかしら。どうせ広場に行くのは同じだし、そこで待っているか私達が待てばいいだけだから」
広場とは駅近くにある公園の総称である。もちろん彼女達の間でしか使われていない表現方法だが。
不安の欠片が全く無い明るい声に、それもそうだなと彼も頷いた。
道路脇に連立する光のオブジェを眺めながら歩く。
電飾芸術に見入りながらも両腕で自分の身体を抱える彩の姿に「ちょっと待ってろ」と声を掛け、自らは少し離れた場所にある自動販売機へと走った。
「ほら」
端に寄り、待っていたその手に差し出された温かいミルクティを受け取ると彼女は嬉しそうにお礼を口にする。
「ありがと。野田くん」
鮮やかな点滅に照らされ、美味しそうに紅茶を飲んでいる海白彩を見つめながら自分も缶コーヒーに口を付けた。彼女が自分の名前を呼んでくれる日が来るのだろうか、そんなことを思いながら。
イルミネーション付近のベンチは殆ど恋人達で埋まっており、野田実春は「自分達もカップル同士に見えるのかもしれないな」と意味の無い空想に思いを馳(は)せた。
「クリスマスイルミネーションって今の時期が一番綺麗に思えるんだけど、それって思い込みなのかしら?」
年が明けてから見る近所の電飾はそれなりに綺麗だが、何とも味気ない気がしていた。
イベント(つまりXmas)が近いという思いが心に彩りを添えるのだろうか。
「なあ彩。お前好きな人がいるのか?」
彼女の問いかけのような独り言を聞いていなかったのか、実春はそう口にした。
驚いたのは彩のほうだ。
「な…なによ急に」
「いや。ちょっと知り合いに頼まれて、な」
それが一体誰なのか。少し気にはなったが聞いたところで野田という男性は決して名前を明かしてはくれないだろう。
暫く黙っていた彩が小さく頷いたのを見て、彼は更に質問を重ねた。
「どんな男だ」
手にしていた紅茶の缶を軽く握り締め、流れるような光の瞬(またた)きを見つめながら答える。
「優しくて、思いやりがあって。一緒にいて心が温かくなる人」
緩やかに自らの手へと目線を落として
「あと私のことを陰からそっと守ってくれる、そんな人」そう言葉を続けた。
「…俺の、知っている男性(やつ)か?」
実春の声が硬くなったことに彼女は気付かなかったのか、視線を上げて照れたように告白する。
「うん、よく知っている人。だって野田くんの近くにいる人だもの」
本当は「近く」という言葉の前に『ものすごく』という表現を付けたかったが、それではあまりにはっきりと答えすぎている気がして口に出来なかった。
彼女の台詞に先日見た光景が目の前に広がった。
とある男性と楽しそうに会話している海白彩。恥ずかしそうに、そして嬉しそうに微笑む姿はそれを目撃した野田実春の心に暗い影を落とした。
「(俺の前ではあんな表情はしないのに、伊藤(いとう)先輩の前ではそれを容易(たやす)く見せるんだな…)」
彩は伊藤智孝(ともたか)という男性に好意を抱(いだ)いている。それは紛れもない事実のようだ。
「そうか…」
実春はそう言ったきり黙りこんでしまった。
「ねぇ、野田くんは好きな女性がいるの?」
私も答えたんだから教えてよね、と楽しそうに質問を口にする。
彼女の言葉に「あ、ああ」と気の無い返事をした後に答えを返した。
「…いる。というか、いた、だな」
彩は台詞の意味がよく判らなかったのか、小首を傾(かし)げて続きを待つ。
「俺の好きな女性に、好きな男性がいた。それだけだよ」
「野田くんの好きな人って誰?」
興味津々といった表情で顔を覗き込まれ、苦笑して答えた。
「海白彩、お前だよ」
言われた当の本人の動きが止まった。言葉を反芻(はんすう)しているのか唇が微(かす)かに自分自身の名前を呟いている。
「えー!!」
彩の瞳が真っ直ぐ実春を見据える。と、みるみる内に彼女の顔が赤くなる。
「な…何でそんなこと…」
驚きと恥ずかしさのあまり、しどろもどろになる女性に
「伊藤先輩のこと、好きなんだろう?」
問い掛けた。
えっ?と聞き返されて実春は先程頭の中で再生された映像を伝えた。
「それ、違うわ。だって私が好きなのは…」
ちらりと彼を見上げる。
「…俺?!」
声が裏返りそうになりながら言ったその言葉にそっと頷く。
「じゃあ、あれは?」
状況がよく理解出来ていないのか、困惑の表情のまま彼女に答えを求める。
そんな実春の姿を見るのは初めてだったので彩はくすっと笑ってそれに応じた。
その日は勉強のことで相談したい事柄があり、先輩である伊藤智孝に学校の図書室へと足を運んでもらっていたのだ。
一区切りついたところで智孝がふと彩に問い掛けた。
「彩の好きな人って、野田?」
突然の言葉に驚いたが
「…分かりますか?」
薄く頬を染めて軽く俯(うつむ)く彼女を見て智孝は小さく笑った。それは厭味からではなく、微笑ましくて出た笑顔だ。
「いや何となくそうなんじゃないかな、と思っていた」
「敵(かな)いませんね、智孝さんには」
彩は困ったような照れ笑いを浮かべる。
「想いが届くといいな」
「はい」
彼の優しい言葉にくすぐったい嬉しさが身体を包む。
まさかその情景を野田実春が見ていて、更に勘違いまでするとは思わなかったが。
少し興奮気味に話していた彩は、ふと我に返り急に恥ずかしくなった。
「智孝さんのことは尊敬しているけれど、それと好きは違うから」
早口に捲(まく)し立てるおかしさを隠そうと紅茶に口を付けた。もう随分と温くなってしまっている。
先に缶を空にしていた実春は手にしているそれを弄(もてあそ)びながら彩が飲み終わるのを待った。
「は~、美味しかった」
中身が入っていないのを確認しているのか、缶を軽く振っている女性のそれを横から取り上げる。
「ちょっと捨ててくる」
驚いたような表情を浮かべた彼女は
「えっ?いいわよ、別に。自分で捨てに行くから」
そう言って手を差し出した。野田実春はその掌を無視して視線を通りへと向ける。
「この混雑の中を二人して歩くのはかなり大変だぞ」
来た時はさほどでもなかった人の流れがいつのまにか結構な量になっていた。
彼のさりげない優しさに微笑むと、
「じゃあ頼んじゃおうかな。よろしくお願いします」
軽く頭を下げた。
器用に人混みの中を駆けていくクラスメイトの後ろ姿に自然と笑みが零(こぼ)れる。
本当は自分を混雑の中に紛れ込ませたくなかったのだろう。それに照れ隠しも込められているかも知れない。
凍てつく寒さを振り払うほどに心が温かかった。
「よかったね、彩ちゃん」
幸せそうに笑顔を浮かべる彼女に声が掛けられる。驚き振り返ると、そこには親友の嬉しそうな顔があった。
「有羽(ゆば)!…聞いていたの?」
今日はよくよく驚かされる日だ、と思いながらそう小声で聞く。
「えへへ。二人を捜しついでにイルミネーションを見てたら彩ちゃん達がいるのが見えて。声を掛けようと思ったんだけど、実春くんが何だか深刻そうな顔をしていたから、そのまま智孝兄ちゃん達の所へ帰ろうとしたら彩ちゃんの声が聞こえたんで、どうしたの?って駆け寄ったら…。聞こえちゃった」
てへ、と笑う有羽につられるように海白彩も表情を緩ませる。
有羽は彩が野田実春を好きだと知っていた唯一の人間だ。彼女に祝福されることは彩にとっても幸せなことだった。
「あー、でも私が捜しに行こうとしたら智孝兄ちゃんが何か言っていたなぁ。コイとかウマとか」
「『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて───』だろ」
二人の背後から男性の声がした。
「あ。おかえり、みーちゃん」
「玖堂…その言い方はよせと言っているだろう」
有羽は時折実春のことを猫の名前のように呼んだりする。それを咎(とが)めはするが本気で止(や)めさせようという気はないのか、彼はそれ以上の事は何もしないし言わない。
非難されたことに突っかかる玖堂を軽くあしらう野田。それを後ろで笑いながら聞いている海白。
いつもの風景だ。
それに幸福感を覚えた彩に有羽がそっと祝辞を述べた。
「おめでと」
その言葉だけで充分だった。
三人は笑い合いながら友人達の待つ広場へと歩を進める。
皆が祝福してくれるだろう報告を携(たずさ)えて。
END
想いを伝えて|桜左近