翔太は見た!!

前から思っていたけど、樫倉(かしくら)先輩はとてもオープンな人だ。いつも僕や玖堂(くどう)先輩をからかっては楽しんだりする意地悪な面もあったり、食堂のおばちゃんや上級生のお姉さん方にも可愛がられるナンパ師でもある。
でも……肝心なところは踏み外さないしっかりした所もあって、何でもひょいひょいやってのける所が何だか悔しい。

僕の尊敬する人は、実春(みはる)先輩や伊藤(いとう)先輩だけど、話しかけやすい人のナンバーワンは樫倉先輩だったりする。何でだろう?

理性ある人といえば、僕の尊敬するあの二人だ。気さくな人といったら晴(はる)ちゃん先輩や遠藤(えんどう)先輩も数に入る。オープンさも晴ちゃん先輩といい勝負をするくらい。頭がいいって言ったら神谷(かみや)先輩だし、スポーツで言ったら遠藤先輩の方がイメージとして強い。
……樫倉先輩と言ったら、何がイメージ出来るんだろう?

そんな疑問で頭が一杯になった僕は、一週間つきっきりで──と言っても大半は陰からだけど、偵察をすることにした。

でも学校での行動となると、休み時間や運良く見れた体育の授業くらいしか自由がきかない。こうなったらその自由時間を有意義に使わなくちゃ。
僕は初日から先輩の密着取材の了解をとり、少しの空き時間でも一緒にいるようにした。先輩のクラスメートでもある神谷先輩や玖堂先輩への聞き込みもし、多少なりとも情報が入ってきたけど、イメージの代わり映えはあまりしなかった。

「一体、翔太(しょうた)は何をしたいのかな?」
「さあ?何でも俺の正体を掴みたいらしい」
「へー。それであんなことを聞いてきたのか」
「何か聞かれたのか?」
「晟(せい)はどんな人なのかとか、どういう所がよくて友達になったのかとかね。そういえば、玖堂にも似たような質問してたな」
「有羽(ゆば)にも?」
「気になる?二人きりの時には教えてもらえるんじゃない?」

昼休みになり、僕は息を切らせながら樫倉先輩達のいる教室へ到着した。そっと覗いてみると、神谷先輩と二人で怪しい雰囲気を醸し出しながら何やら話している姿が見えた。

「それにしても人がいいね。せっかくの二人きりの時間も少なくなってしまうだろ?僕だったら丁重に断ってるね」
「あー、でもそれも今日までだし。それに有羽が楽しんでるからな。翔太が自分の弟みたいでかわいいってさ」

玖堂先輩が!?僕のことを、かわいい弟のように思ってくれてるーっ!?
その突然のニュースに僕はあたふたと廊下を動き回る。
これは、まさかの展開?ついに僕にも春がやってきた!?いつも玖堂先輩は優しくてくれてたけど、そういうことってあるのかな?
どどどど、どうしよう!まずは姉さんに聞いてみるとか?でももし本当に先輩が僕のこと好きだったら、僕は……でへへへへ。

「翔太くん!中に入らないの?」
「うわあああああっ!!」

想像の中の人が目の前───正確に言うと背後に現れ、僕の心臓は飛び上がった。い、今の、口に出してなかったよね……?
そんな僕の心配をよそに、玖堂先輩は少し驚いた顔をした後にっこりと笑顔を浮かべた。

「お昼、一緒に食べよ?」
「は、はい!」

最近では神谷先輩も含めて四人でお昼を一緒に食べることが恒例となっていた。机を向き合わせてお弁当を広げる。雰囲気は小中学校での給食みたいだ(僕の所ではそうだった)。

「あ、そうだ。今日は皆にデザートを持ってきたの。はい!今が旬のイチゴでーす」

そう言って玖堂先輩は皆の弁当の真ん中へと、イチゴの入った容器を置く。大粒で、品種がわからない僕でもそれが“いいもの”であることがわかった。先輩たちも歓声を上げている。

やっぱり玖堂先輩って優しい人だな。僕はそう再確認して、本来の目的であった樫倉先輩のことを思い出した。玖堂先輩と青春が送れるかもという喜びに、ついつい忘れてしまった。
今までの結果から言うと……
その1、先輩は人あたりがいい。
その2、さりげない気配りが出来る(この前も重い荷物を代わりに運んでたりした)。

「お、このイチゴ、翔太みたいだな。“まだまだ青い”」

その3、やっぱり意地悪だ。

「ぷっ。うまいこと言うね」
「もう、二人とも翔太くんをからかってばっかり。こういう小さいイチゴの方が甘かったりするんだよ?」

さすが玖堂先輩!わかってます。
だけど僕がそう喜んだのも束の間、玖堂先輩はそのイチゴをつまみ、樫倉先輩へと差し出した。試しに食べてみろということなんだろうけど、問題はその後。

食べさせる流れがあまりにも自然だったことと、ヘタの部分をかじったことにより勢い余って外へと流れた甘い果汁の行く末が、僕にとっては衝撃的な光景だった。

玖堂先輩は樫倉先輩の唇についたそれを親指の腹で拭い取り、そのまま指についた果汁を舐めたのだ──

「どう?甘いでしょ?」
「なかなかやるね。僕は構わないけど、翔太には刺激が強すぎるんじゃない?」

神谷先輩がちょっと意地悪そうな笑顔で、そんなことを指摘する。僕も玖堂先輩もはっと息を呑み、お互いの顔を見つめ合う。

「これはその、弟達にするような感覚で……!」
「ふーん。玖堂にとって晟は、もう家族のような存在なんだ」
「神谷くん!からかわないでよ」

玖堂先輩はイチゴのように真っ赤だった。
僕は話の展開についていけず、今までの先輩たちの言葉の中で引っかかった単語を口にした。

「弟達……?」
「あ、うん、ウチね、私を入れて三人兄弟なの。弟と妹がいるんだ。弟は翔太くんと同じ学年で。知らないかな?」

本当はそれどころではないのだろうけど、今の僕には与えられた課題について考えを巡らせる以外に出来ることがなかった。

「話したことはないけど知ってます。同じ苗字だなぁとは思ってましたけど、弟さんだったんですね。そういえばどことなく似ている気がしてきました。憧れる存在という点では血は争えませんね……はぁ」
「翔太くん?」
「何か、ショックを受けてないか?」
「すみません。何だか僕熱っぽくて……知恵熱かなぁ。今日はこれで失礼しますね」

自分で何を言ってるのかわからないまま、僕はのろのろと食べ終わった弁当を手に席を立った。

神谷先輩、驚いてなかったな……。普段でもあれくらい仲がいいところを見てるからかな?それとも姉さんとそういうことしてるとか……姉さん?そうだ!姉さんだ!姉さんなら何か知ってるかもしれない。

樫倉先輩と玖堂先輩の関係が気になって、授業が終わったら猛ダッシュで帰ろうと思っていた。
しかし僕は、姉さんの口から聞かずとも二人の関係を放課後に知ることとなった。
僕の予定は図書委員の当番ということで、無残にも崩れ去ってしまったのだ。いわゆる準備室という部屋で備品チェックをする。
そこへ、生徒会の仕事であの二人がやってきたのだった。

僕は咄嗟に棚の陰に隠れて腰を落とした。12畳くらいの部屋の中、雑然と置かれた書類やダンボールで通路はすれ違うのがやっとの広さだ。こっちには来ないでくれと心の中で叫んだ。今、あの二人とどう顔を合わせたらいいのかわからない。

「あ、あった。あともう一つ……でも晟、本当にいいの?」
「いいよ。これを有羽一人で運べって言う方がおかしいって」

う~ん、やっぱり仲いいよなぁ。
二人が付き合ってるとしたら、玖堂先輩は樫倉先輩のどこが好きなんだろう?前に聞いたときは、僕が思っている以上に樫倉先輩は純粋な人だって言ってたけど。

「翔太くん、大丈夫かな?熱っぽいって言ってたけど」
「聖(ひじり)の言うとおり、ちょっと刺激が強かったのかもな。まぁでも大丈夫だよ」
「う……やっぱりあれが原因なのかなぁ。ついやっちゃったんだよね。癖って怖い」

「これから気をつけるね」と言うセリフに、秘密の匂いが漂う。

「有羽からしてもらえるんだったら、俺はどこでも構わないよ」
「そうなの?だっていつもは」
「うん。いつも二人きりの時にするのは、そういう反応を他の奴に見せたくないから──俺だけが知ってればいいよ」

先輩達、何だか会話がヤラシイです……。

「なーんて、ちょっとドキッとした?」
「したよ!晟ってば、どうしてそういう恥ずかしいことをさらっと言えるの?」
「照れた顔が見たいから」

再び玖堂先輩が沈黙する。

ああでも、これで確信したぞ。“癖”になるほど触れることに慣れていて、“いつも”と区切れるほど一緒にいる時間が長くて、そして仲良しメンバーの誰も知らない玖堂先輩の一面を、樫倉先輩だけは知っている。これだけ揃えば十分だよなぁ。

「あはは、真っ赤だ」
「だ、だって晟が変なこと言うから!──ひゃひ!?」

突然、玖堂先輩の声がおかしくなり、僕は隙間からそっと様子を窺う。
玖堂先輩の変化は樫倉先輩の手によって起こったようだ。玖堂先輩の頬を両手で挟むようにして包み、ふにふにと加減をしつつ力を加えている。
つまり、玖堂先輩の口がデフォルメされたタコの口のようになってるってことなんだけど。

「ゆでダコー」
「!?晟!」
「だってかわいいからさ」
「今のは、絶対かわいくないよ!」
「かわいいよ。有羽はかわいい」
「きゃー!やめてー!それ以上言わないで。背中がかゆくなる~!」
「それってさ、か──」

楽しそうにからかう樫倉先輩の口を、玖堂先輩は自分の両手で塞ぐ。「それ」とは一体何なのか気になるけど、聞けるわけない。
僕はかなり動悸がしていたんだけど、二人から目が離せなかった。頭の奥が沸騰しているみたいな状態で、これ以上どうしようもない。
樫倉先輩は玖堂先輩の手をそっと外し、にこりと笑う。

「キスしてくれたら、もう言わない」
「何でそうなるの?」
「おかしいな、理由はさっき言ったと思うけど……有羽のそういう反応が」
「ダメー!わかったから、もう言わないで」

既に樫倉先輩のペースとなってしまい、玖堂先輩が折れる形となった。
先輩は心の準備をしているのか、樫倉先輩の肩に手をかけたまま動かない。その沈黙が玖堂先輩の緊張を伝えるようだった。
僕もきっと玖堂先輩と同じくらいドキドキしてる。顔が熱くて、頭がくらくらしてきた。
と、その時ゆっくりと先輩が動いた。
それと同じくして僕の視界も揺れる。もう、限界だ──

ガターッン!
重い物が入ったダンボールが落下したような音を上げて僕は倒れた。朦朧とする意識の中、玖堂先輩の姿を見つける。

「翔太くん!?晟、大変!翔太くん、鼻血出して倒れてる!」
「しまった。見られたか」
「もう!何の心配してるの!」

玖堂先輩、僕思うんですけど、樫倉先輩って「純粋」というよりも「オヤジ」じゃありませんか?
だっておかしいですよ。あんな恥ずかしいことを顔色一つ変えないで言える人なんて、高校生じゃありません。
百歩譲って言える人がたくさんいたとしても、そのセリフが似合う人なんてそういませんよ。

まだまだ未知数なところはあるけど、今回の偵察で僕はそう確信した。

END

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