ウタニ ササゲル-Sakon’s side-

 終業式も間近に迫った12月中旬。
 部活で使用する雑多な資料を抱えた海白うみしら彩は、いつものように裏庭を近道として横切ろうとした時だった。
 聞き覚えのある男性達の声が聞こえてきて、思わず足を止める。
 木の陰からそっと覗くと後輩である樫倉かしくらせい神谷かみやひじりが立ち話をしていた。

「(…神谷くん)」

 密かに想いを寄せている男性の姿を見つけて、彩の鼓動は早まる。
 しかし普段通りの聖に比べ、少し深刻そうな表情を浮かべている晟のただならぬ様子に彼女は部室へと向かう事も忘れて成り行きを見守った。
 ようやく晟が口を開く。

「もっと早く言おうと思ってたんだけど、何か変に緊張してさ」

 軽口を叩くように少しだけ笑う。

「どうして? 別に緊張することなんて無いと思うよ」

 いつもと変わらず微笑みを浮かべて言う親友を見て、晟はまた表情を変えた。

有羽ゆばは気付いてないけど、俺はわかるよ。色々、な。……だからどう言い出していいかわからなかった」
「初めからわかってたよ。玖堂くどうって分かりやすいよね。僕は大丈夫。――ただ、玖堂って初めてのタイプだったから、ちょっと興味があっただけだよ」

 聖は言いながら遠くを見つめる。そのため彩からはその表情を伺うことが出来なかった。
 だが、それ以上に今の言葉は彩に衝撃を与えていた。

「(神谷くんは…有羽のことが好き、なの?)」

 玖堂有羽。晟や聖達と同じ学年で彩の親友だ。そして彼女には最近付き合い始めた樫倉晟と云う恋人がいる。
 神谷聖は自分の親友の彼女が好きということなのだろうか。
「初めてのタイプだから興味がある」。その言葉だけが彩の頭をぐるぐると回っていた。
 荷物を落としそうになって、ようやく自分が急いでいたことを思い出した彼女は駆け足とは程遠い歩みでその場を後にした。
 故(ゆえ)に二人がその後交わしたこんな会話も耳にすることが無かった。

「ねぇ晟。もし良かったらクリスマスに皆でカラオケでも行かない?」
「え? あ、ああ。俺は別にいいけど。一応有羽にも聞いてみるな。―――お、いいってさ。で、彩先輩も誘おうって書いてあるけど」
「海白先輩も?…僕は構わないけれど」
「なら、決まりな」

 海白彩のもとに玖堂有羽からカラオケへのお誘いメールが届いたのは、その日の夜のことだった。
 日時と場所、それにメンバーが書かれている。
 その中に聖の名を見つけた彩の顔が、嬉しさと哀しさの入り混じる複雑な表情へと変化した。
 電話でなくて本当に良かった。溜め息を吐きながらそんな事を思う。
 今の心境で、いつものような返事を返せる自信が無い。そしてその理由を有羽に伝えたくもない。
 断ろうとも思ったが、もしかしたら神谷聖の気持ちが垣間見えるかもしれないと思い直し、了解の返信を送った。
 彼は本当に有羽を好きなのか。
 それとも好きだったのか。
 逸(はや)る気持ちを押さえつつ当日を待った。

「えーっと、以上です」

 飲み物を注文し終えると、有羽は早速リモコンを手にして番号を入力する。と、お馴染みのクリスマスソングが流れてきた。
 彼女の歌を皮切りに皆が歌を楽しみ出す。流行りの歌、楽しい歌、懐かしい歌――。
 神谷聖は日常を描いている歌を選んだ。
 彩は初めて聴く聖の歌声に酔いしれていた。

「(聖くんって歌、上手いね)」

 耳元で有羽に言われ、彼女は我に返る。
 そうだ。彼の歌ではなく、彼の気持ちを知るためにここへ来たのだった。
 しかしマイクを持つ人物は歌が終わってもいつも通りに振る舞い、それを伺い知ることは出来なかった。
 歌う順番が何循かした頃、それは起こった。

 『好きだよ』

 聖が選んだ歌のタイトルが画面一杯に表示されたのだ。
 今まで歌ってきたものとは毛色の違う歌に驚いて彩は彼の顔を見たが、そこには相変わらずの表情が浮かんでいるだけだった。
 歌が始まるとそれは想いを伝えてはいるのだが、どうやら思っていたものとは違うようだ。

『・・・・ 伝えたくて 伝えられないこの想い 四文字の言葉が言えない 君に打ち明けることが出来ない』

 好きな女性がいたけれど、その人には既に好きな男性がいた、という内容だった。
 そして歌はこう締め括られる。

『ありがとう 心から 逢えたことが嬉しかったんだ 君には幸せになってもらいたいと そう願っている』

 これが、彼の、神谷聖の玖堂有羽への想いなのだろうか。
 彼が歌い終わると、有羽が大きな拍手をする。

「いい歌だね。何かしんみりしちゃうな」

 笑顔でそういう彼女に聖は静かに笑い返す。
 その時、彩は思った。もしかしたら…、もしかしたら彼は有羽への気持ちを過去のものへとしているのではないか、と。
 考え込んでいると携帯電話が振動した。
 どうやらメールが来たらしい、と画面を開くと隣りにいる有羽からだった。
 そこにはこう書いてある。

[彩ちゃん。あれ、歌わないの?]

 暫くその画面を見つめていた彼女だったが、親友へ視線を移し意を決したように頷いた。
 彩が入力した歌は想い人に心の内を伝えるものだった。
 画面を見たまま、少し離れた場所にいる男性へと語りかける。

「(神谷くんが誰を好きでも、私は神谷くんが好き。それに変わりはないから…)」

 歌い切ると有羽が誰よりも大きな拍手をしてくれた。照れたようにマイクを置くと
「海白先輩も素敵な歌を歌うんですね」
 想い人が微笑んでいる。余りのことにどう返事をして良いものかと迷った挙げ句、
「あ、ありがとう」
 と結局普通の返事をした。

 けれどもその笑顔は彩への思いがけないクリスマスプレゼントとなった。

『そう、自分の気持ちに嘘はつけない』

 今、自らが歌った歌詞が胸を温かくする。

 盛り上がったカラオケクリスマスもお開きとなり、外に男性陣を待たせて彩は有羽にお礼を伝えた。

「有羽、誘ってくれてありがとう。今日はすごく楽しかったわ」
「こちらこそ。でも彩ちゃん、実はこの企画は聖くんが考えたんだよ」
「神谷くんが?」

 きっと、その時には自分の名前は挙がっていなかっただろう。だが有羽が誘ってくれたからこそ、自分の気持ちがはっきりと判ったのだ。

「じゃあお礼を言わなきゃね」

 そう口にすると彼女は少し慌てたように「そ、そうだね」と視線が泳ぐ。
 その様子に彩はくすくすと笑うと、もう一度心を込めて伝えた。

「有羽、ありがとう」

END

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