「はい。どうぞ」
にこりと笑いながら有羽は言った。手にしているカップからは、ゆらゆらとホットチョコレートの湯気がたっている。
晟はお礼を述べてひと口飲む。
ほどよい甘さと、寒空の下にはありがたい温かさに自然と顔がほころんだ。
「どう?」
「おいしいよ」
それを聞いて嬉しそうな様子の有羽。
今日はバレンタイン。いつも仲良くしている人たちにもチョコをプレゼントしたのだが、彼のは特別に作ったものだった。皆とは形も変えて飲み物に。
そのために当日調理室を貸してもらえるように頼み込み、今こうして学校帰りに出来立てをプレゼントすることが出来た。
本当は水筒ごとプレゼントしようとしたのだが、せっかくだから二人で飲もうと誘われ公園へ。日が暮れたこともあり、だいぶ周りの空気も冷えていた。「はぁ~」と自らの息で手を温める彼女に、晟はカップにホットチョコを注(つ)ぎ足し、差し出した。
「手、冷たくなってる」
渡す時に触れた手が、氷のようだった。次(つ)いで頬に触れる。やはり冷たさは変わらなかった。照れからではなく寒さで赤くなっているのだ。
「ほっぺも冷たい」
「晟の手は、あったかいね」
重ねるようにして手に触れると、静かに彼が降りてきた。息がかかるほどに距離が縮まると、有羽は目を閉じる。
そして、そのすぐ後に晟の温もりを唇で感じていた。
粉雪が手のひらの上に舞い降り、一瞬の冷たさの後(のち)に溶けてしまう感覚に似ていた。それは柔らかく、優しさの伝わるキスだった。
晟は有羽の潤んだ瞳を見つめて微笑む。
「チョコついてた」
そのセリフに、今度は恥ずかしさから赤面する有羽。しばらく、何か言おうとしても一つとして言葉になることはなかった。
「う、嘘!だってひと口しか飲んでないし……それにつくとしたら、こう牙みたいに口の端っこに……」
最後はぶつぶつとひとり言のように言った。晟はそれに吹き出し、からかいたくなってしまった衝動に素直に従う。
「じゃあ、そこにもする?」
「い、いい! いい!」
「いいの? では」
「あ、いや、いりません」
「なんだ、残念」
絶対楽しんでる。有羽は文句こそ口にしなかったものの、晟の行動にどう返していいものかと困惑していた。
そう、この笑顔が全てを見透かされているような気にさせられるのだ。有羽は動揺を隠すためにもカップに口をつける。
ああもう、まるで自分がホットチョコレートみたい──
甘くとろける味(あい)に、有羽はそんなことを思っていた。
END
SCENE7|はちみつの時間-甘い言葉を囁かれて-