小説って、言ってしまえば「自分の世界観を言葉で表現している」に過ぎないんです。
だから、自分のしてきたこと、感じてきたことで、一番でっかいやつをテーマにして書くのがいいです。
自分の経験て、唯一無二のもの。
それらを感情や勢いで文字にしてつなげていけばいい。
ただ、それだけのことです。(根本的なことをいうと)
以前、ブログをせっせと書いている時、かなり『差別化』ってことを意識していたんです。
私の強みってなんだろう?とか。
人に聞いてみたこともありました。
確かに、人から聞いた私の印象って、私が思っている印象とほぼ同じで、それはそれで嬉しかった。
でも、『差別化』と考えた時、それだけじゃ『強み』にならないなぁとも思っていました。
難しいですよね。差別化。
他の作家さんとは何が違う?
同じジャンルで、どうストーリーが変わる?
何が自分にとっての売りになるの?
とか、全部『差別化』。
まず、個性が違うんだから、自分の経験を書いちゃえばいいんです。
私のでっかい経験は、『見ている世界が変わった瞬間』です。
その時は親とのいざこざが絶えずあって、
私は生きてても死んでてもどっちでもいいんだろうな
とか、
もういいか
とか、毎日思ってました。
で、ほぼ同居生活に近い彼氏が帰省していた時に、この世とはおさらばしようとしたんです。
でも、できなかった。
その物を手にとったら、急に悔しくなったんですよね。
「ここで死ぬために今まで頑張って生きてきたのか」
って、すごく悔しかったんです。
どうせ死んだって何とも思われないんだったら、ホントに犬死じゃん。バカみたい。
って。
そうしたらタイミングよくじいちゃんから電話がかかってきて。
私の一番好きな『炊き込みご飯』を持ってきてくれたんです。
それ食べたら、じいちゃんに申し訳なくなって。
自分のことを思ってくれる人がいるのに、何やってんだって。
また悔しくなって、一人で泣きながら完食しました。
それからは、左近ちゃん(ばなやんの相方)に久しぶりに連絡をとって、自分探しのための小説書きが始まったんです。
自分の思っていること、暗い感情、好きなこと……全部曝け出しました(笑)
そして、左近ちゃんから「右近ちゃん(ばなやん旧PN)はこうしてもらいたかったんだね」と教えてもらって、「ああそうか」と気付くことが出来ました。
いつだったかは覚えていないのですが、『世界が変わった瞬間』はこの小説を書いていた時でした。
季節は冬で。夕方近くなっていたし、天気は曇り。
ほぼ灰色な世界だったんです。
だけど、部屋の中の窓から外を見て
よく見ると色がついてることに気付きました。
その時にわかったんです。
なんだ、世界ってキレイなんじゃん。って
ちゃんと色がついてるんじゃん。
なんだ、私にもちゃんと皆と同じ世界がそこにあるんじゃない。自分で見てなかっただけじゃん。バッカみたいって。
超泣きながら、思いました。
泣き崩れてました。
見るものをしっかりと見て、
感じて
言葉にして、考えて。
自分を知って、相手を知って。
そうして自分だけの世界を作り上げていけばいい。
もし、じいちゃんが電話をくれなかったら。
もし、左近ちゃんと出会っていなかったら。
もし、何事もなく生きていたとしたら。
今の私はいません。
だから私は、(私にとって)いいことも悪いことも、楽しいことも悲しいことも、人との出会いも別れも、今の私になるためには必要なことなんだろうなって思ってます。
人は、人によって生かされている。
とも思っています。
私はよく、「人のためじゃなくて、自分のために生きたら?」って言われることが多いんですけど、
人のために生きるのは、自分のためでもあるということを知っています。
多分、自分のために生きたら「私」はいなくなるだろうな、と。
「私」ではないな、と。
そんな私は、自分のこの経験=世界が変わった瞬間を小説でお見せして、もし「見え方」を変えるきっかけになれたら、めちゃくちゃ嬉しい。
そう思って、また小説を書き始めました。
あと、未来の人達にも残して、使えるもんは使って欲しいって気持ちもあります(笑)
ちょっと私の経験は特殊ですけど、
何も感じて生きてこなかった人はいません。
絶対にある。
もしくは、それを知るために書いたっていい。
それだって、立派な唯一無二の経験です。
小説でなくても、自分だけが知っている世界かもしれないけど、ストーリーは何かしら感じられるはず。
それだけでもいいかな?と思って、修正も何もせずにこのまま公開しました。
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